13

「志望動機は誰かを守りたいから、ねえ……」

 兵役向きでは無いと言われている女でしかも孤児院出身ともなれば、成績も平均ちょっと超えたくらいの私が城仕えになれる確率なんてゼロに等しかった。

 面接官の人メチャクチャ眉間にしわ寄せてたし。

「……では、後ほど結果をお送りいたしますので」

 それでも私が受かったのは、持ち前の強運……あとは転移魔法が使えたからだろう。


 志望動機は、誰かを守りたいから。

 だから魔王を倒せと言われたときには内心嬉しく感じられた……


 ……訳も無く、普通に無理だろって思った。原稿に書いたとおりである。

「……えっと、これは何かな」

 郵便ポストから出てきたのは書籍化決定の通知書。タイトルはついこないだまで私が書いていた冒険記録という名の怪文のそれであった。ジャンルはヒューマンドラマ。

 送った覚えが無い。というか私が送るはずが無い。

 となれば、犯人は一人くらいしかいない……

「賢者、これ送ったの……?」

 通知書を見せる。

「あ、はい。とても面白かったので」

 玄関先の花にジョウロで水をやっていた賢者がちょっとだけ笑った。珍しい。

 ……じゃなくて。いや、これは常識を教えるべきかもと言い続けながら教えなかった私の責任だな。ていうかあれ面白かったの……? 

「売り出されたら書店まで買いに行きましょう」

 言いつつ賢者はジョウロを地面に置いて、重たい扉を右手で開ける。閉まりそうになる扉を足で押さえてジョウロを拾い……

「あのさ、その……義手は買わないの?」

「はい。無くてそう困るものでは無いので」

 現に困っているように見えるのは私だけだろうか。前に港の国で聞いた話だと義手は相当高いらしい。けど王様から貰ったお金を使えば買えるはずなんだけどな……やっぱり賢者は服もそうだけど、妙な方向にだけはこだわりが強い気がする。

 あ、猫だ。



 近寄って行くと柵の根元で丸まっていた猫は顔を上げて怪訝そうにこちらを見た。

 しかし大人しい猫だな、普通手を伸ばしたら捕まえる余地も無いくらいの速さで逃げていくのに。その上さらさらしてて気持ちいい……このままここで

「おい。何してんだ」

 何って猫を撫でて……て、今の声誰? 

「何キョロキョロしてんだ、今くらいの声量なら聞かれたって問題無いだろ」

 猫の水色の目が呆れた感じで見つめてくる。

「……お前、まさか」

 声に合わせて猫の口元が動いた。


 え、今の声って、やっぱりこの猫だったり……


 背後の扉が再び開く。

「魔女さん、暗くなってきたので家の中に」

「賢者気を付けて。この猫、魔物かもしれない」

 きょとんとした様子で賢者が首を傾げる。

「猫はれっきとした魔物ですが……ああ」

 危なげも無く猫に近寄って胴を掴んで抱え上げた。

「これは魔物ですが家族なので安心してください。攻撃はしてきません」

 言われてみれば……何故か魔力は感じないし、目つきは悪いけど大人しい……

「万が一攻撃したら被検体にすると言い聞かせてありますから」

「攻撃しなくてもするだろ」

 なるほど、賢者が拾ってきたんだな……この様子だと既に色々


 ……あ

 私、とうとう猫のことまで






 あれを書いたのは皆との冒険を忘れたくなかったからだった。

 半分書いたころから猫に質問する回数が増えてきた。

 三部の後半に入ったころには家の中で迷うようになった。

「賢者と……あ、猫も。言わないといけないことがあるんだ」

 休日に出勤したことがきっかけで兵士の仕事は辞めた。

 屋敷を出てしまった時には皆が探しに来てくれた。

 忘れていくことが怖くて泣く度に、賢者と猫が傍でなぐさめてくれて

「私、村に帰らないといけなくなった。ごめん、だから」

 もう、これ以上迷惑はかけたくなかった。

「待ってください。……確か、魔女さんの故郷の村は、燃えたと」

「あれ、そうだっけ。すっかり忘れてた」

 これ以上忘れてふたりのことを傷つけたくなかった。

「……お、おい賢者、そいつ止めろ!」

「え、止めるって……な、何で」

 結局

「今までありがとう。それからごめん。さよなら」

 私は涙をこらえることもできない、軟弱者で臆病者のまま

「あ……え、魔女さ」

「転移魔法」


 何もできない凡人のままだった。

 賢者も、猫も……迷惑しかかけられなかった。




「ん。こんな所に死体とは……珍しいですね」

「げっ、何だその気色わりい汁は」


 あ。私、美女のこと忘れてた。何度も助けてもらったのに。


「毒魔法ですね。まだ息があるようなので効き目は弱いですが」

「ち、妙な死に方しやがって……食えねえならほっとけ」

「しかしこの覆うような魔力、転移魔法を使用した可能性が高いかと」


 やっぱり、私には誰かを守れたりなんてしない。

 誰かのために何かをすることなんてできない。


「うわきたねっ、触んなよ」

「一か八か蘇生してみましょう。利用価値があるかもしれません」


 もしも、あの時呼び出されたのが私じゃなくて

 もっとすごい人だったなら





 ……そもそも、何で王様に呼び出されたんだっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る