11
振り下ろした剣は鋭い金属音を鳴らして青白い電光を走らせた。
切られた小型カメラはふ
「こちらですよ」
照準を定めた左腕のバズーカから空気の爆破音を鳴らして視界が白い煙に覆われる。入り口からろうそくの灯りが差し込む狭い廊下が真っ白になった。
青い二点の光が映る煙越しに、ぼんやりと廊下に手を突いている狼男の影が見える。
「やっぱ殺傷能力は皆無か……じゃ、今のうちに」
右を向くと丁度青いライトが鉄格子の扉の鍵に当たった。左手を戻す代わりに右手をドリルに変えて鍵穴に突き刺して回転させる。火花を散らして穴が開き、ぎぃと音を立てて扉が開きかける。
ドリルで扉を横に飛ばして、血に染まった黒い長そでを掴んだ。
「ほら、さっさと逃げますよ」
床に落ちて電光を散らしている真っ二つに切れた小型カメラを見下ろしていた。
「何で」
「皆が幸せだったら嬉しいから」
こちらを向いた。開いた黒い両目に青いライトが二点ずつ映る。
「て、ご自分で仰って……無かったな。とりあえずここを出ますよ」
腕を引くと頷いて扉の無い出入り口から廊下へ踏み出す。その白い頬に強く光る赤いライトが横並びに二点、入り口の方向から当たった。
薄れた白い煙から鋭い鉄の矢じりが飛び出し顔をかすめて赤い線を引く。
「ちっ、すばしっこいガキでございますね」
おっとりとした声質に合わぬセリフの後に新たな弓をつがえる音、晴れかけた煙の向こうには背に白い羽を持つメイド服姿の成人女性
「ごきげんよう、さようなら」
放たれた矢は曲線を描いて瞳孔を狙う。背後には牢の鉄格子が。
「伏せてっ!」
茫然としている吸血鬼の前に立ちはだかって鋭い矢は片目のカメラに突き刺さる。
青い光が走って視野の右半分が暗闇に変わった。配線の絡まった矢を左手で引きぬいて次の攻撃に構える。
「あれ、お姉ちゃんの邪魔をするのですか? とうとう貴女も反抗期に……」
「ロボに反抗期もクソもありますか」
消えた視界の中央に半身だけが見えている003が矢じりで電光が弾けている矢を弓に引いた。下ろした左手に掴んでいた矢を床に捨ててバズーカに変形させる。
「なら、そんな悪い子にはお仕置きを……エ」
システムメッセージも言い切らぬうちに003は横に倒れて廊下の壁によりかかった。
目のライトが消え、床で動かなくなった003の後ろでプルが小型の充電器を持った手を下ろし、息をつく。
「遅れてすみませんっす、なかなかチャンスが無」
瞬時に足元へ吸血鬼が駆けつけて003の体を起こした。
「あ、えっと、充電だよね、電気魔法っ!」
目を開いたままの003の額に手を当てて唱えると暗い廊下が青白い光に照らされた。腕に寄りかかっていた頭の両目に、ポンと電子音を鳴らして赤いライトが点灯する。
「えっ、な、何やって」
困惑しているプルの横で、座っていた狼男がズボンの埃を払いながら立ち上がった。
「お人好しが裏目にでましたか。吸血鬼、一旦上へ」
「転移魔法っ!」
唱える声に圧力すら感じる濃い魔力が機体を覆う。
右カメラに空いた穴に流れ込んだ魔力がバチッと光を弾く。
あ、約束破ってた
「エネルギー充填完了。ロックを解除します」
システムメッセージを読み上げて007の左目に青いライトが点灯する。穴が開き、ヒビが入った右目のカメラに真上に昇る日が白く映った。
目の前の吸血鬼は今にも泣きだしそうな表情で007を見ていた。黒髪のツインテールが007の頬にかかる。
「大丈夫……じゃないよね、ごめ」
つきかかったところで言葉が途切れる。
「そういえば、ここしばらく充電していなかったから……」
黒い長袖の腕から頭を上げ、後ろを向くと同時に吸血鬼がふわりとスカートを浮かせて草の上によろめき倒れた。立っていたプルが吸血鬼の傍にしゃがみ込む。
「どっ、どうしたんすか!? え、何か冷たい」
頬に触れられて吸血鬼は閉じていた瞼をゆっくりと開いた。血の気の無い白い顔を手でこすって瞬きをする。見ていた007が首を傾げた。
「魔力欠乏……変ですね、充電で影響が出るような魔力量では無かったはずですが」
「あんまり血飲んで無かったからかな……」
手をついてふらつきながら上半身を起こし、吸血鬼はうなだれた頭を手で押さえた。背中を支えていたプルがそうだ、と007の顔を見上げる。
「さっきこれで吸い取ったやつを流せないっすか?」
手に持っていた小型の、金属の棒のついた四角い充電器を持ち上げる。
「無理です。機体に流された時点で魔力成分は空中に分散してしまうので」
007の解説に失意した様子で上げた充電器を下ろした。
「そうっすか……ていうか、いつの間に魔法使えるようになってたんすね」
差し伸べられたプルの手を取って、吸血鬼はお礼を言って立ち上がる。
「えへへ、すごいでしょ? しかも転移魔法が使えたんだよ」
「でも使えない方が逆に不自然な感じっすよね」
前回同様の反応に何で!? と声を上げる吸血鬼。反動で後ろによろめいて、通りすがりの同じくらいの身長のリュックを背負った商人に体を受け止められる。
「お嬢さん、大丈夫かい? 体温が……って、この魔力」
手を離して商人は一同から素早く後ずさる。
どうにか姿勢を持ち直した吸血鬼は身構えている商人の方を向いた。
「お、お前ら……魔物だな」
剣へ伸びる商人の手、全身が目に見えるほど震えていた。吸血鬼が何かを言おうと一歩踏み出したのに反応して、商人は抜いた剣を草に落として一目散に逃げだした。
小さくなっていく商人の背姿の行く手に城壁と家々の屋根がはみ出て見える。
「……誰か来る前に逃げた方が良さそうっすね」
プルは町から視線を外して、草の上に落ちている古びた剣を拾い上げた。獅子の絵が柄に彫られた小柄な剣は日の光に反射して欠けている刃がよく見えた。
007に促されて歩き出そうとした吸血鬼が表情を曇らせて、両目の赤いライトを点灯させたまま草の上に横たわっている003へ視線を落とす。
「もう、動かないのかな……」
しゃがみ込んで細い指先で目を開いたままの003の頬に触れる。その振動で取れかけていた白い羽が一枚草の中に落ちた。
「どう改造されたか分かりませんから、下手に動いて壊されるよりマシかと」
003の方を見ずに007は歩き出そうとするも、黒い靴をはめたその足を止めた。
四人の前方、森が見える方向の草が一点を中心に四方になびく。
「え、何で……ここにいるって」
立ち上がって身を引いた吸血鬼から言葉が漏れる。靴先を慣れた様子で地面に着地させ、魔力の乗った風に吹かれた髪を手で整えて顔を上げる。
「やっぱりここに居たんだ。さ、帰ろう」
微笑んで手を差し伸べた魔女から吸血鬼は片足を引いた。
後ずさった位置から動かない吸血鬼を見て、魔女はああ、と呟いた。
「二人とも怒ってなかったから安心して。まあ……いざとなったらなだめに入るから」
「ごめん、魔女先輩。私帰らない」
伸ばした手にまとっていた魔力が風に運ばれる。こちらを見ている吸血鬼に魔女は一瞬茫然としてみせるも、すぐに引きつったように口角を上げた。
「ど、どうしたの? あ、じゃあ一回自分の部屋に」
「絶対おかしいよ。人は、殺さないと……滅ぼさないといけないなんて」
目をじっと見つめて、震える声で吸血鬼は言った。
苦笑いしていた魔女の表情から笑みが消える。
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