09
階段の前で金属音を鳴らして剣を交える人間の兵士とクーシー。身をかがめたクーシーの剣が人間の兵士の足を切り込み、血が飛んで兵士は足を押えた。頭上に振りかぶられた剣を避けて後ろへ飛び退き引きずった足から血が垂れて床に線を引く。
「さ、観念するんだな」
壁際に追い詰められた人間の兵士に剣を突き付ける。クーシーの腕には乱雑に切り込まれた傷があり、茶色い毛が赤く染まって血を滴らせている。
「回復魔法っ!……大丈夫ですか?」
駆けつけた兎獣人の若い女兵士が傷の消えた人間の兵士に手を差し伸べ、人間はその手を取って壁に手をつきながらも立ち上がった。
「では私は引き続き回復に回ってきます」
「おい! そっちは大丈夫か!」
去って行った女兵士と入れ替わるようにライオン獣人の青年が人間の兵士の元へやってくる。両手にはめた鋭い鉄の爪を構え、二人はクーシーを階段の横に追い詰めた。人間の兵士の剣が咄嗟に避けたクーシーの肩を貫く。
剣を引き抜かれた傷口から血をどくどくと流し、クーシーはその場に崩れ込んだ。
「なあ、もう動けないんじゃねえか?」
「いや。魔物はしぶといからな……とどめを刺しておかないと」
傷口を抑えているクーシーに人間の兵士は剣を振り上げた。
だがその腕は横から伸びた大柄な手に掴まれる。
「え」
兵士が横を見るよりも早く腕は血しぶきを飛ばして握りつぶされた。
千切れた手首が床に落下して手放された剣が金属音を立てる。兵士の手は血の流れる傷口へと伸びるがその前に頭が飛ばされた。
壁にぶつかって張り付いた兵士の頭部を見て、ライオン獣人は後ずさった背後から刀で胸を貫かれた。そのまま胴が二つに切れて崩れ落ちる。
「……上へ逃がしたのいるか」
血の滴る刀を鞘に納めずに鬼はクーシーを見下ろした。荒い息を吐きながら、クーシーは小さく首を縦に振る。
「これ使え」
懐から取り出した白いクリームの入った小瓶をクーシーに投げてよこし、鬼は階段を駆け上がった。
「ちっ……あいつらは何やってんだ」
踊り場にしゃがみ込んでいた赤い羽根を付けた兵士を縦に切る。
「クソっ、こんな無茶な作戦立てた奴は誰じゃ!」
部屋の隅で魔物に囲まれて槍を構える赤い羽根を付けた男の兵士。
「どうせあのバカ王ですよ。うちらもとことん運が無いですね」
同じく赤い羽根を付けた女の兵士は背中を合わせて周囲の魔物を見渡した。両者ともに全身に傷が入り、二人の足元には血が点々と垂れている。
なぎなたを引いた女兵士は開け放された扉から入ってくる女に気が付いた。
「は、入るなっ! お前も死ぬぞ!」
「いや待て、あれは魔法使いかも……そこからでいい、回復してくれ!」
声を上げた二人に魔物達は一斉に後ろを振り向いた。だめだ、と男兵士は呟くも魔物達は左右に分かれて道を作った。魔女は魔物の間を進んで行って二人を見る。
「な、なんだかよく分からんが助かっ」
「火炎魔法」
突き出された魔女の手から出た炎が二人の兵士を包む。青白く血の気の無い魔女の顔を燃え盛る炎が赤く照らした。
「あれ……どこ行っちゃったんだろう……」
悲鳴と焦げる臭いを背に魔女は魔物達の間を引き返した。次第に小さくなっていく炎を囲っていた魔物達が散らばる。
角を曲がった吸血鬼の視界に突き当りの扉が入った。
「よかった! 誰もいないよね」
扉へと駆け寄って格子のついた窓から中を覗いた。取っ手にかけられた鎖と南京錠をちぎって床に捨て、鉄製の扉を開ける。
暗い部屋の中央で椅子に座っている少年へ近寄った。
「大丈夫? 今これ外すから」
少年の手足を繋いでいた鎖を拾ってちぎっていく。全てを外し終え、吸血鬼は座ったままの少年の手を引いた。
「さ、逃げよう。ここは危ないよ」
少年はおぼつかない足取りで椅子から立ち上がり、手を引かれるがままに扉の方へと足の千切れた鎖を引きずってついていく。
吸血鬼の後頭部を見つめていた少年の目が、ふと開いた。
「え、どうしたの……?」
部屋を出たところで立ち止った少年に吸血鬼は振り向き、額に少年の手が当てられる。開かれた吸血鬼の目を少年の茶色い瞳がじっと凝視する。
「自分を傷つけるな」
少年は呟き、当てられた手に魔力が流れる。
「自分を責めるな。責める必要なんて無い」
開いたままの吸血鬼の口から声が漏れる。
「もう、何も思い出すな」
魔力が途切れ、少年は手を下ろした。
意識の朦朧としていた吸血鬼の目が目の前の少年を捉えた。
「うん」
穏やかに微笑む。
半開きだった背後の扉が勢いよく開いた。
「なっ……その少年を解放しろ!」
振り向いた吸血鬼は入り口に集まった数人の兵士を見てやべ、と呟き手を握っている少年を見た。少しの間見た後、少年の手を引いて兵士の方へと歩み寄る。
近寄ってきた吸血鬼に青い羽を付けた兵士達は警戒態勢を取った。
「ね、この子を」
吸血鬼が言いかけた時、後方の兵士が首から血を噴き出して倒れた。
「えっ、あ……か、回復」
兵士に回復魔法をかけようとした吸血鬼は血に染まった狼の足に顔を上げる。
全身が狼化した状態で口元を血に染めた狼男は、真っ赤になった爪の先から吸血鬼に視線を移した。兵士達が血を流して動かなくなった兵士から離れる。
「やはりここにいましたか。でも、まさかここまで人が来るとは……」
狼男に視線を向けられた兵士達は身を寄せ合って後ずさる。
「……持ってかれるよりはマシですね……吸血鬼、それを殺してください」
再び吸血鬼に視線を戻す。間を開けて、吸血鬼は口を開いた。
「な、何で」
「ああ、知りませんでしたか。その子供は洗脳が使えるのですよ」
狼男の発言に兵士達がどよめいて、視線が少年に集中する。
「それが敵側に回れば……厄介ではないですか。ならば殺しておこうかと」
息を飲み、振り向いて少年を見たまま動かない吸血鬼を見下ろす。
「……もしかして、殺せない訳では」
「そっ、そんなんじゃないよ! こんな子供の一人くらい」
少年の手を引いて狼男の前に出てきて、吸血鬼は何も言わない少年の首に片手をかけた。白く細い指の関節を微かに曲げる。
「どうしましたか。早くしてください」
急かされて吸血鬼は震える指先を更に内側へ曲げる。少年の首に吸血鬼の爪が刺さり、赤い血が一滴吸血鬼の白い手に垂れた。目を見開き、掴んだ手を離した。
後ずさった吸血鬼は茫然としている少年を見つめる。
「……で、できない」
吸血鬼の口から漏れた言葉に狼男は眉をひそめた。
「いやだよ、この子を殺すなんて……」
血のついた自身の手を見つめている吸血鬼に、狼男が少年に手を伸ばした。
「そうですか。なら私が」
だが向かいの兵士に腕を引かれて少年は兵士達の元へ引き寄せられる。
「下に仲間を待機させている。窓から飛び降りるんだ」
一人の言葉に全員が頷いて少年を引き連れて開け放された向かいの窓へと走り出す。狼男は後を追おうとするも、吸血鬼がその行く手を塞いだ。
兵士に引き連れられながら少年はえ、と声を漏らして後ろを振り向く。
「い、今……パタが」
後ろの吸血鬼と狼男を見た少年、ルノは兵士に抱え上げられて窓から転落する。
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