第二編 既視感とはつまりフラグのことである

01

 鼻歌を歌いながら廊下を歩く年頃だが胸の無い少女。

 歩くたびに黒髪のツインテールが揺れ、赤と黒のゴスロリなワンピースの装飾がひらひらと動く。髪の片方の結び目には赤いリボンが付けられていた。

「おっ、いたいた」

 部屋の前で立ち止まり、少女はにっと笑って白い牙をちらりと見せた。

「やっほー先輩方! お喋りなら私も混ぜてっ!」

 ピースで敬礼した少女に、話し合っていた三人は言葉を止める。


 スーツの毛を払っていた狼男が少女の方を向いた。

「吸血鬼、敬礼は二本指では無く全て開くものですよ」

「おい。そこじゃねえだろ」

 鬼がすかさずツッコむ。呆れ顔で鬼は少女、改め吸血鬼を睨んだ。

「お前、仮にも四天王なら会議くらいちゃんと来いよ」

「てへへ……ここ広いからさ、一時間近く迷っちゃって」

 一時間、と鬼は更に呆れた様子。軽い足取りで机についた吸血鬼に、そばかすの女がリンゴジュースを差し出した。

「わ、ありがとう! 私これ好きなんだあ、北の国のやつだよね」

 表情をほころばせて吸血鬼はジュースをストローから吸い上げる。

 向かいの席に座っていた魔女は頬杖を突いてそれを眺めていた。

「ん。魔女先輩も飲む?」

 だが飲みかけのジュースを差し出されて顔を上げた。

「…………いいや」

「何で一瞬迷ったんだよ」

 ため息をついて鬼はジュースを飲んでいる吸血鬼を横目に見た。魔女は再び頬杖を突き、その様子をどこか楽しそうに眺めている。あきれ果てた様子で鬼が呟いた。

「変態か……」

「君らには言われたくないかな」

 二人のやり取りを聞いて、ジュースをすでに半分飲み終えた吸血鬼が発言する。

「そーだそーだ! こんなかわいい女の子、見とれてトーゼンだよ」

「自分で言うか普通! あとテメェ……っ」

 言いかけて鬼は頭を抱え、その赤い猫のような目で見られた魔女はなんとなく顔をそらした。足をふらつかせながら吸血鬼はストローに牙を立ててジュースを吸う。

「でっ、何の話してたんだっけ?」

 あどけない笑みで吸血鬼は三人を見回す。


 紅茶の入ったティーカップを置き、狼男の切れ長の目が吸血鬼に向けられる。

「……そろそろ吸血鬼を戦場に出してみても良いのでは」

 ぱっと吸血鬼の目が輝いた。鬼が机を強く叩く。

「はあ!? こいつは最終手段って話じゃ」

「相変わらず短絡的思考ですね」

 舌打ちをして鬼が席から立ち上がる。

「テメェ舐めやがって……今日こそは決着つけようじゃねえか、あ?」

「おまけに短気。いいですよ、ここでは何ですから是非外で」

 机を挟んで睨み合う二人。魔女が慌てて仲裁に入る。

「まあまあ、そんな喧嘩ばっかりしないで……」

「何なにバトル!? ハイ、私も参加するっ!」

 椅子から立ち上がって吸血鬼は挙手してぴょんぴょんと飛び跳ねた。ツインテールが浮いて、裏地の赤いワンピースのスカートがめくれ上がる。


 二人は何事も無かったかのように椅子に戻った。

「一度戦場に出し、その恐怖を植え付けておくべきだと言うことです」

「えっスルーなの?」

 口をすぼめながら大人しく椅子に戻った吸血鬼を見て、魔女が口を開く。

「確かにそうだけど……でも、迷って帰って来られなくなったり」

「私そこまで方向音痴じゃないよ。魔女先輩は過保護だなあもう」

 向かいの席の魔女に対して吸血鬼は大丈夫大丈夫と言って見せる。

「ねっ、狼先輩。もういい加減いいよねっ?」

 身を乗り出してらんらんと目を光らせる吸血鬼に見つめられ、狼男は平静な表情を保ちつつも僅かに身を引く。他の参加者二人と隅に立っているそばかすの女を見た。

「……こういう事ですし」

 見つめる吸血鬼の目が一層見開かれた。

「やったあっ、狼先輩大好きーっ!」

 勢いで抱き着こうとした吸血鬼に狼男は椅子を倒して瞬時に壁まで飛び退く。頬を膨らませて、しかし嬉しそうに吸血鬼はえへへと笑う。

「……本当に大丈夫? なんか最近、ふらふらしてるような気が……」

 席に戻ろうとした吸血鬼に魔女が不安げに声をかけた。吸血鬼は満面の笑みで返す。

「ん、魔女先輩どしたの?」

「……いや。先輩じゃなくてちゃん付けがいいなってちょっと」

 言ってから魔女は一気に赤くなり、両手で顔を覆った。

「ないよね、九十のおばあさんにちゃん付けとか……」

「な、何も言って無いよ!? それに見た目二十歳だからセーフセーフ!」

 笑顔で背中を叩いてくる吸血鬼に、顔を上げた魔女は安心したように表情を緩めた。

「じゃ、私早速支度してくるね!」

 浮足立って吸血鬼はスカートがめくれるのも構わずに部屋を出て行った。

「あのガキ……遠足じゃねえんだぞ」

 去っていくその姿に鬼が嫌悪混じりに呆れる。








 黒いコウモリのような羽を生やして、吸血鬼は夕方の森の上を飛行する。

「うっひゃあ……うじゃうじゃいる」

 森の向こうで戦っている兵士と魔物の姿を眺め、吸血鬼の体に震えが走った。

「さあて、いっちょ暴れ……と、その前に」

 空中を飛行していた吸血鬼の体がぐらりと揺れる。同時に腹が鳴った。

「ここらでご飯たーいむ」

 森に向かって落ちるように直下する。



 土の上に落下した吸血鬼は頭をさすりながら全身の木の葉を払った。

「あちゃ……洋服が土だらけになっちゃった……」

 立ち上がってゴスロリワンピースの装飾にかかった土を丁寧に払い落とすも、鳴り続ける腹にもう、と声を漏らして腕をまくった。

「はいはい、今飲むよっ」

 色白の細い腕に牙を立てた。肌に穴が開き、赤い血がこぼれる。

 目をぎゅっと細めてあふれだした血をすするように喉を鳴らして飲み込んでいく。次第に吸血鬼の顔色は蒼くなっていき、瞼が落ちてくる。

 腕から口を離してこぼれた血を腕で拭った。

「う……いつまで持つかな」

 ぽつりと呟いて袖を直そうとした吸血鬼は、茂みが揺れた音に気が付いた。

 鋭い視線を茂みに向ける。


「ひいっ」

 隠れていた旅人らしき青年と目が合う。途端に吸血鬼の口からよだれがこぼれた。

 血の付いた手の甲でよだれを拭って、吸血鬼は青年に近づく。

「まっ、魔物……く、来るな!」

 持っていた短刀を吸血鬼に向けるも、それは白くて細い指にいともたやすく捻り曲げられた。青年の前に立って吸血鬼は手で口を押えながら覗き込む。

「へー、お兄さん旅人さんかな?」

「い、命だけは! 俺には村に犬と猫が」

 細い人差し指が青年の口を塞ぐ。衝動を抑えるかのように引きつった笑みを浮かべながら、両目を光らせている吸血鬼の姿に青年は短く悲鳴を上げる。

「く、くそっ、かわいい女の子に殺されるなら本望だ!」

 青年のかわいい発言に吸血鬼はちょっとにやけて照れる。

「本当はもっと胸がでかい方がよかったけど」

 だがぼそりと呟いた青年に、その笑みに影が差す。

「ふーん。じゃ、死ぬ前に良いこと教えてあげよっか?」

 後ろの木の幹に押し倒された青年は更に青くなってがたがたと震えだす。

 細い手で青年の両腕を掴みながら、吸血鬼は口角を上げて牙を見せた。


「残念、私は男の子でしたっ」

 片手を離して口から垂れたよだれを拭い、ピースする。




【 第二編 既視感とはつまりフラグのことである 】



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