23

 窓から朝日が差し込んでパタの顔を照らす。

「う……も、もう朝……?」

 もぞもぞと毛布の中で体を動かし、目をこすろうとしたパタは目の前に人の気配を感じて目を開く。ルノがパタの顔を覗き込んでいた。

「……え、えっと……ルノ? どうし」

 ルノは泣き出す。


 二、三度瞬きをしてパタはえ、と声を漏らした。

「えっ!? る、ルノどうしたの!?」

 ベッドの横で泣いているルノを、パタはベッドから降りて狼狽しきった様子で落ち着けようとする。

「あーあ。泣かせた」

 干してあったバンダナを外しながら追い打ちをかける007。そうなの、とパタは声を上げてルノを見た。首を横に振りながら、ルノは手の甲で涙を拭っている。

「ぼ、僕何か……て、そういえば馬車は」

 窓の外が明るいのを見て、パタは自分の被っていた毛布に視線を移す。

「……そっか、僕が寝ちゃって宿に……ごめんなさい」

「ご安心ください。次の馬車がもうすぐ出ますので」

 えっ、とパタが顔を上げた。首の包帯は新品に取り替えられている。


「あ。あと五分で出ますね」

 ばっと勢いよくパタは立ち上がって007からバンダナを受け取った。大急ぎでバンダナを頭に巻いて落ちている毛布をベッドに直す。

「ぱ、パタ……体調は問題無えんだよな?」

 ルノの問いにパタは不思議そうに振り向いて、笑顔で頷いた。

「うん、大丈夫」

 ルノはほっと安堵の息をついた。だが対照的にパタは不安げになる。

「それよりルノは大丈夫?……やっぱり、僕が何か」

「き、気にすんな。目にゴミが入ってただけだ」

 咄嗟に否定してルノは赤くなった顔をそらした。それでもなお心配だと言う風に、パタはルノを眺めていた。

「あと三分」

 しかし007のカウントダウンに慌てて転移魔法を唱える。




 漫画を読みながら、受付の女はあくびをした。

「あのっ、西の国行きの馬車は」

 突如目の前に現れた客に漫画を落としかけそうになる。姿勢を直し、涙ぐんだ目頭を手でこすった。

「な、何なの一体……って、昨日の……?」

 見覚えのある客の姿に受付の女は首を傾げる。




 老若男女、数名の乗客が乗った大型馬車。

 座席に揺られながらパタは向かいの窓の外を眺めた。点々と並ぶ家と田園風景が広がり、草原を牛が歩いている。

 窓の下、向かいの座席に座っていた幼い少年が外へ手を伸ばした。

「うししゃー」

「こら、危ないでしょ。お手々ないない」

 少年は母親の膝に引き戻される。にゃいにゃい、と膝で母親の言葉を繰り返す少年を見て、パタは僅かに微笑んだ。

 後ろの窓の外を見ようとしてそういえば、とパタは隣に座るルノの方を向く。

「昨日の……プル、だっけ。あの人って……」

 ルノは持っていたパンを二つにちぎって片方をパタに手渡した。

「ああ……あの、パタの弟子とか言ってた」

「でっ、弟子!?」

 思わず大声を出してパタはパンで口を押える。007は膝の上で剥いていたリンゴを二等分して、二人に差し出した。

「あの方でしたらルノ様のことを妙に忌み嫌っておりましたよね」

 止めようとしたルノは間にパタがいたために前のめりになった。

「そういえば……何で」

「た、確かパタの自宅は中央国城下町にあるっつってたな」

 明らかに話題をそらすルノだったがパタはそれに食いつく。

「そっかあ……じゃあ、世界を救い終わったらまた行ってみる」

 パタの反応にルノは胸をなでおろし、手に持っていたパンをくわえた。

 座席に後ろ向きに座って、パタは窓の外を眺める。

「でも、僕に人造魔物の友達がいたなんて……ちょっとびっくりしちゃった」

 足先を動かして、手に持っていたリンゴをかじる。


「……あれ、誰か……もう一人いたような」

 ふと、パタは首を傾げる。










「っと」

 草原の真ん中に着地して勇者は前方を見渡した。

「適当に来てみたけど南の国かあ……俺ここに呪縛されてるのかな」

 兜を外して、頭部を露出させる。

 腰の鞘に差していた神秘的な装飾の剣を引き抜く。

「……う、やっぱりか」

 震えだした両手を体に押さえつける。深呼吸をして、自身の首に狙いを定めた。

 首に向けられた両刃の、身の丈に合った大きさ剣が日を反射して光る。

「アイツには悪いが……もう、俺はお役御免かな」

 構えた剣を振りかざす。


「コラ、待ちなさい」

 背後から聞こえた声に勇者は首に当たる寸前で手を止めた。

 剣が金属音を立てて地面に落下する。

「……ん? なんか見覚えがあると思ったら……お前」

 落ちた剣を拾い上げようとするも先に拾われる。

「休暇を取ったと思ったら……まさか犯罪者に出くわすなんて」

 兵服の女、拷問官は震えている勇者の腕を掴んだ。

「ったく、馬鹿の一つ覚えみたいに死ぬ死ぬって……ほら、来なさい」

「馬鹿ってひどいな。否定はしないけど」

 落ちた兜を拾って被り、ちぇっと勇者は声を漏らした。

「で、俺の罪状は何だ? やっぱ誘拐罪とか」

「脱獄二回と器物損害よ。ちゃっちゃと歩いて頂戴」

 兵服から手錠を取り出して勇者の両手首にはめる。手錠を軽く揺らして、勇者はちっ、と舌打ちをした。

「せっかく勇気湧いたってのによ……」

「果たしてそれは勇気かしら」

 え、と兜の下で声を漏らした。拷問官は今来た方を向いて勇者の腕を引く。

 勇者は前に転びかけるように後をついていった。



 何で、あいつはあんなに強くいられるんだ? 



 勇者は兜越しに前を歩く拷問官の背中を見る。


「……やっぱ、羨ましい奴」


 鉄兜の下で口元を微かに上げた。

 うららかな晴れ空の下、勇者は連行されていく。




【 第一編 やっぱ勇者向いてなかったと思う 完 】







 頭から血を流して、ルノは壁に寄りかかっている。

「……る、ルノ……007……」

 反対の壁の下で動かなくなって目のライトが消えている007。

 手を伸ばすも、とても届くような距離では無かった。

「うわ。まだ正気保ってたんだ……流石は伝説の勇者というか」

 パタの額に血色の悪い手が当てられる。

「いや、でも早く済む方が良いか」

 手から魔力が流れ、パタは再び叫び声をあげる。

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