22
ぎりぎりと震えるほど強く握られた白く細い首に勇者は手を伸ばす。
「お前のせいで皆死んだんだ、僕が、殺しちゃったんだ」
だがその手は空中でぐっと止まった。息を吸おうと喘ぎながら勇者はその腕を反対の手で掴んだ。
「お前なんか、お前なんか殺してや」
後頭部と顔にかかった血にパタの手が緩む。
「ああ」
つぶれた両腕を地面に落とし、勇者はかすれた声で返事をした。地面に血が広がって勇者の服とパタのズボンの裾が赤く染まる。
「……ほら、やれよ」
緩んだ両手の隙間から青い手形のアザが覗く。
「あ……か、かいふ」
「やれっつってんだろ、逃げんな!」
パタの肩が跳ねる。蒼白した表情で首を横に振りながら、手から力が抜けていく。
怒鳴ろうとして勇者は激しく咳き込んだ。
「いっ……いつまでも甘ったれてんな、一度やると決めたなら、やれ」
睨みつけていた勇者の表情がふっと緩んで微笑んだ。だが手を引いたまま震えて涙をこぼしているパタに、舌打ちをして血まみれの手で首を掴む。
血の広がった地面に倒されてパタの顔に血がかかる。
「殺されたくなかったらやれ!」
首を絞められて、怯えていたパタの顔が一層青くなり、バンダナが血に染まっていく。パタの瞼が閉じかけたのを見て勇者は手を離した。首の包帯に赤い手形が残る。
「な……何でだよ。何でやらねえんだよ」
パタから離れて後ずさった勇者は、血まみれの手を自身の首に置いて血の上にへたり込んだ。
「お、怖気づいてんじゃねえよ」
震えて涙をこぼしながら地面に顔を向けて咳き込む勇者を、パタは体を起こして見た。勇者の口元が引きつったように上がる。
「最低だよな。臆病で自殺できないからって、人にやらせようとしてんだぜ?」
俯いた勇者の口から笑いがこぼれた。
「壊れられたらどんなにマシかって……大勢を苦しめといてなお俺は逃げようとしてる。自殺しようとして苦しんでいるお前を見て、そんなことが思えるなんて」
首に置いた手が肩から血を垂らしながら離れた。
「俺ほんとクズだよな。死ぬ権利なんて俺には無いよな」
笑いながら泣いていた勇者の頭に、白くて細い手がのせられる。
頭を撫でられて、勇者の笑みが消えた。
「それは……勇者さんだけじゃ、無いです。……僕も」
頭を撫でるパタのバンダナから血が滴った。落ち着いた穏やかな目で、パタは勇者のつぶれた両手を見た。勇者のシャツが肩から血に染まる。
「僕も、何度も……もう殺してほしいって、思ってました」
「そ、それはっ」
立ち上がろうとした勇者はパタに頭を押さえつけられる。
「怖くて、罪悪感から逃れたくて……さっきだって……」
バンダナから滴る血が青ざめたパタの顔を伝う。
「楽になりたいと思うのは、当然のことです。悪くなんてありません」
血のかかった顔を俯けて勇者の手に回復魔法を唱えようとする。だが背後へ引っ込められようとした勇者の腕を掴み、パタは回復魔法を唱えた。
「僕もどうかしてました。ごめんなさい」
「な、何でお前が謝ってんだ。全部」
勇者の頬が左右に引っ張られる。
「悪い事したらごめんなさい、ですよね?」
微笑むパタに勇者はひっと声を漏らす。
「ご、ごめんなしゃい」
「はい。よく出来ました」
再び頭を撫でられる。茫然と頬を押えていた勇者の目に、涙が滲んだ。
「勇者さん、僕なんかでよければ友達にさせてください。だから」
撫でていたパタの目からボロボロと涙がこぼれて血を流す。
「もう、自分を傷つけないでください。これ以上迷惑をかけないでください」
目を見開き、勇者は泣いているパタの顔を見た。パタは無理やり微笑んで勇者の頭を優しく撫で続ける。バンダナの血がパタの顎から垂れる。
「……い、いや、俺なんて」
手を払いのけて逃げようとした勇者はパタに捕まる。
「逃げんな半殺しにして縛りますよ」
「む、矛盾……て、ていうか、お前どうし」
涙声ながらはっきりと言うパタ。勇者の頭を掴む手は酷く震え、表情は青ざめたままだった。動こうとする手をぐっと反対の手で押さえつけている。
「……お前」
「な、何ですか」
引きつった笑みを浮かべているパタの目はほとんど勇者を見ていない。
「……よし、最強の俺が押さえてやる。戻るぞっ」
離れたパタの手を勇者が握った。泣き止んだパタから表情が消えたのを見て、勇者は月明りの中でため息をついた。
「ごめんなさいって。……ガキかよ」
兜を拾って、転移魔法を唱える。
何で、こいつは
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