20

 扉が開いて取りつけられた鐘が鳴った。

「いらっしゃ……ん? お客さん、すみませんがここは酒場で……」

 身の丈に合わぬ大きさの剣を腰に下げ、ボロボロの布を頭に巻いた少年は俯き加減のまま店内へと入っていく。

「おい、聞こえなかったのか? ここはテメェのようなおこちゃまが来る場所じゃ」

 少年を狙って顔の赤い中年男が足を突き出す。

 少年はさっと足を飛び越えてカウンター前の座席についた。

「……ウイスキー、ください」

 兵服を着た男が立ち上がって少年に歩み寄る。

「兵士の目の前で未成年飲酒たあ肝が座ってんな。ガキ」

 少年の腕を引っ張り上げようとするも少年はそこからびくとも動かない。

「お客さん、ウイスキーはやめた方が良いですよ。おすすめはカクテルですかね」

 ガラスのコップを拭いていた店主に兵服の男ははあっと声を上げる。

「マスター疲れてんのか? こいつはせいぜい十五かそこら」

「他のお客さんのご迷惑になりますので、大声はお控えください」

 コップをカウンターに置き、背後の棚から銀に光る容器を取り出した。

「……ちっ、マスターがそこまで言うなら」

 呆れた様子で渋々と兵服の男は身を引いた。並べてあった酒瓶を一つ取り、銀の容器に中身を注いでいく。

「おまかせで構いませんね」

 店主は言いながら置いてあった果実を手に取った。椅子の上で身を縮めながら、俯いたまま少年は頷く。



「そういやさあ、勇者様ってどうなったんだ?」

 コップに残った酒をあおって大剣の男が言った。少年の肩が僅かに動く。

「お前まだ様付けしてたのかよ。もう二年も失踪しっぱなしだぜ」

 兵服の男が膝を組みながら答える。

「世界を捨てても自分だけは生き残れるなんて、いいご身分だよな」

 カウンターにオレンジのカクテルが注がれたコップが置かれる。膝を見つめていた少年は恐る恐るコップに口を近づけ、小さく咳をしてからゆっくりとカクテルを飲み干した。瞬時に少年は赤くなる。

 少年を見た大剣の男は鼻で笑った。

「やっぱガキだな、大人しくミルクでも飲んで」

「もっとくらさい。お金はあいます」

 少年の発言に大剣の男は言葉を詰まらせた。白い肌を赤くほてらせた少年はろれつも回っておらず、今にも椅子から崩れ落ちそうだった。

「おいおい、ガキ。無謀と勇気は別物だぞ」

 男の忠告を無視して少年は差し出されたカクテルのコップを一気にあおった。横によろけて椅子から落下し、上半身を起こそうとしながら少年はシャツに胃液を吐き出す。

「あっ、案の定……便所ならそこの廊下の先だ」

 大剣の男が立ち上がった。床で、しかし床を汚さぬよう服の上で咳き込む少年に店長は駆け寄って背中をさすった。

「……胃の中が空ですから、できるだけ咳を抑えて……」

 ふっと少年は咳き込むのを止めて、床の上に崩れ込む。





 目を覚ました少年は、すぐに自身が鎖につながれていることに気が付いた。

 同時に被っていた布が無いことに気が付く。

「んっ」

 鎖を引きちぎろうとするも音が鳴るだけ、口枷越しに声が漏れるだけだった。

 必死に逃げ出そうとしていた少年の顔に槍が突き付けられる。

「暴れるな。大人しくしていろ」

 顔を上げた少年から槍を離し、見張りの兵士は背中を向けた。

「では、私は失礼致します」

 備え付けの椅子に座る白衣を着た老年の男に敬礼をして、兵士は鍵を置いて牢屋を出て行く。


 兵士に向けて口枷越しに声を上げる少年を老年男がやんわりとなだめる。

「セル君、大丈夫だよ。お話しするだけだからね」

 名前を呼ばれた瞬間に少年は白衣の老年男を鋭く睨みつけた。だが老年男が取り出した注射器にその目から威勢が消える。

「少しの間だけ魔力を封印させてもらうよ」

 ろうそくの光を受けて微かに赤く光る青い液体が入った注射器を、白衣の老年男は拒もうとする少年の首にゆっくりと刺した。薬液を注入して注射器を抜き、魔力が消えたのを確認して口枷を外し、息を嗅いだ。

「よし、もうアルコールは抜けたみたいだね。頭は痛くないかな」

「子供扱いするなっ!」

 声を荒げて少年は老年男に怒鳴った。注射器を鞄にしまいながら老年男は口を開く。

「いや。少し見ない間に君は随分と大人びたよ、お酒は良くないけれどね」

 少年の表情から僅かに力が抜ける。

「それに酷くすさんでしまったようで……少し悲しいかな」

 鞄を横に置いて床に座り直し、老年男は少年に目線を合わせた。口を開いたまま何も言わなくなった少年の両肩にそっと手を置く。

「ごめんね、私たちは君に、勇者様に頼るしかないんだよ」

 僕に、と呟いたのを聞いて老年男は頷いた。

 茫然としていた少年の目が、ぱっと見開かれて殺意に染まる。


 少年は舌を噛んだ。


「なっ……か、回復魔法っ!」

 老年男が唱えると出血は一時止まり、しかしまたすぐに少年の口から血が流れ出た。四肢を繋いでいた鎖を引きちぎり少年は血を吐きながら床にうずくまる。

「セル君やめなさい、噛んだらだめだよ」

 なだめようとするも少年は反応を見せない。青ざめた顔を床に向けて血を吐き出し、開ききった目は自身への攻撃心と、恐怖に埋め尽くされていた。

 あらかじめ白衣のポケットに入れていた注射器を取り出して少年の首に突き刺し、急いで薬液を押し込みながら反対の手で口枷を拾った。

「回復魔法」

 出血を止めて少年の口に口枷を押し込んで頭の後ろで施錠する。口から血を垂らし、朦朧とした状態で震えている少年を牢の寝台に寝かせる。


 声を聞いてか兵士が来たのを見計らい、白衣の老年男は鞄を持って立ち上がった。

「……明日、ご両親が来られるそうだ」

 寝台から上半身を起こして少年は去っていく白衣の老年男を見た。

「じゃあね。また、いつか」

 声を残して老年男は階段を上がり、入れ違いで数人の兵士が牢に駆け込んだ。

 少年は再び壁に取り付けられた鎖に繋がれる。

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