18

 ルノの目がパタに向けられた。

「祝賀会の途中で急にいなくなって、どうしたんだろうって家に戻ったら」

 メイリアはまるで何かを解説するかのように淡々と話し続ける。

「部屋の床が血だらけでさ、胸に剣が刺さってて、意識も無くって」

 だがその声は次第に震えだす。

「病院連れてったら、これは自分でやった……じゃなきゃ有り得ない、って」

 草の上に涙がこぼれ、連続で落ちる。

「起きたと思ったら、死ななきゃ、って……暴れるから、縛るしか、なくって」

 籠手で涙を拭うも涙はぼろぼろとこぼれ続ける。

「でもそしたらあの子は、心を閉ざしちゃって」

 メイリアは顔を覆って草の上にしゃがみ込んだ。肩を震わせながら涙をこぼし続けるメイリアをパタは茫然と見下ろしていた。

「何をやっても、怖がらせることしかできなくて、私、お母さんなのに」

「メイリア、落ちつけ」

 ゼロがしゃがみ込んでメイリアの背中をさする。

「あの時助けてあげられなかったから、ちゃんと守ってあげられなかったからっ!」

 わっとメイリアは泣き出した。謝りながら泣くメイリアにゼロはただ無言で背中をさすり続ける。沈みかけの夕日が照らした二人の顔はやつれていた。

 泣き声と謝る声の中、パタは立ち尽くして夫婦を見ている。



 両手を握りしめる。

「……ごめんなさい」

 静寂が戻り、二人の動きが固まる。パタは俯いて足元を見ていた。

「何も知らないで、冷酷だなんて」

 強く握った拳が震えているのを見て、メイリアは恐る恐る顔を上げた。

「身勝手でした。勇者さんの優しさも、苦しみも知らないで……だから」

 メイリアとゼロが立ち上がりかける。


 顔を上げ、パタは真っ直ぐと二人の目を見ていた。


「今度は勇者さんの代わりに、僕が」

 目に涙を溜めた真剣な表情。

「人造魔物と平和交渉を」

 パタの言葉はそこで詰まる。


 握っていた手から力が抜け、パタは007に頭をはたかれた。

「なに論理に欠けたことを仰っているのですか」

「……えっ、な、何のこと!?」

 困惑しているパタを見て007は考え込む。

「……そういえば言って無かったですね」

 えええ、とパタはより一層困惑して007を見る。そのやり取りを見て立ち上がりかけていた二人はほっと息をついて立った。

 袖で涙を拭って息を落ち着け、微笑んで旅人三人の方を向く。

「ありがとう」

 えっ、とパタはメイリアの方を向いた。

「ごめんね……急に重い話しちゃって。そろそろ帰ろっか」

 泣きはらした表情のままでくるりと結んだ髪を浮かせて城下町の方を向く。

「……メイリア、城下町は反対だ」

 だがゼロに止められて顔を赤くして振り向いた。

 青色になった空の下で007は興味深そうにそれを観察する。

「パタ様と同じことをなされている……」

 呟いてルノに視線を移した。ルノはじっとパタを見ていた。

 自身の横で夫婦を眺めているパタへ目を戻す。

「……ところで今夜、西の国までの馬車が出ますが」

 さりげなく呟いた007の一言にパタは不思議そうに顔を上げた。

「え、えっと……うん……?」

 青い両目のライトにじっと当てられて首を傾げる。

「……もしかして乗りたいの?」

「はい。あ、いえ当然私は主の意見を最優先に行動させていただきます」

 即答してから誤魔化そうとする007にパタは軽く笑った。

「007は友達だよ。じゃあ行こう、出発まであとどのくらい……」

 全員から視線を向けられているのに気が付いた。


 黙っていたルノが口を開いた。

「……パタが笑ってんのって初めて見たような」

「えっ!? そ、そうなの?」

 確認するように見回すと全員が頷いていた。メイリアとゼロすらも頷いていることにパタは何で、と混乱した様子で四人を交互に見回す。

「ところであと十分もすれば出発するようです」

 だが007の遅れた返答にぴたりと止まって慌てて007の手を引いてルノの傍に寄る。

「あ、あの、すみません。僕たちそろそろ行かないといけなくて……」

 身を寄せ合うように立つ三人を夫婦は茫然と見ていたが、ああ、とメイリアは手を叩いて三人を見た。それに気が付いてゼロも三人の方を見る。

「パタ君はさ、絵が上手だから絵描きになったらいいんじゃないかな」

 え、と声を漏らしてからパタははっと口を押える。何かを弁解しようとしているパタを見て、メイリアはふと微笑んだ。

「やっぱいいや。世界救うの、頑張れ」

 籠手を突き出してガッツポーズをして見せる。それを見てゼロは仏頂面のままで同じように拳を握って肘をぐっと下げた。

「……は、はい!」

 真似してガッツポーズをしてみるパタ。しれっと同じ動きをした007に、ルノも戸惑いを見せながらも同じようにガッツポーズをした。

 一番星が光り始めた空の下、月明りを受ける草原でガッツポーズをする五人。


「……あ、じゃ、じゃあそろそろ行きます」

 なんとなく赤面してパタが切り出した。脱力した手に魔力が溜まる。

「う、うん」

 メイリアの笑みに一瞬惜しそうに影が差す。

 だが時間を気にしている様子のパタを見て、にっと笑って片手を上げた。

「バイバイ。またね」

 若干パタは苦笑いになるも、はい、と笑顔で返事をして手の魔力を放出させた。

 三人の姿が魔力に包まれて草原から消える。


 夜風に吹かれて残留していた魔力はかき消された。

「……あれ」

 メイリアが横を向くとゼロは顔をそむけていた。すすり泣く声が夜の静寂の中で聞こえる。ゼロの背中に手を置いて、メイリアは草原の地平線を見た。

「いつの間にか、友達がいっぱいできてたんだね」

 遠くの方に点々と灯る城下町の明かりを見つめ、微笑んだ。






 受付カウンターで肘をついて漫画を読む受付係の女。

 突如目の前に出現した三人の人物に肘を滑らせて漫画を落としかける。

「す、すみません。西の国までの馬車は……」

 客だと認識して漫画をカウンターの下に隠し、女は営業スマイルを作った。

「西の国行きでしたら間もなく出発します。三名様ですか?」

「あ、はい」

「ではこちらに……」

 ボードを出そうとした女は、返事をした旅人の姿を確認した。

「お手数おかけしますが、手続きは成人の方が行う方針でして」

 後方に立っていた007へ視線を向ける。007は頷いてカウンターの前まで近寄り、ボードとペンを受け取った。受付の女は少年二人を促す。

「あ、お二人はお先に向かわれてて大丈夫です」

「え、は、はい」

 ズボンから財布を取り出してパタは金貨を一枚取り出し、軽く悩んだ末に足りるよね、と呟いてもう二枚取って007へ手渡す。

「じゃあ、先に行ってるね」

 笑ってズボンのポケットに財布をしまい、乗り場の方へと歩き出す。ルノはあっけにとられている受付の女から目を外し、パタの後をついて行った。

「……あの、金銭感覚を教えた方がいいかと」

 受付の女はボードへ視線を落とした。馬車代は一人銀貨三枚、計九枚。

「記憶どころが常識まで飛んでたっぽいな……」

 聞こえないほどの小声で007は呟いた。ペンをとってボードの紙へ記入する。




 乗り場付近の人ごみをかき分けて、パタとルノは開けた場所に出た。

「あ、あれ?」

 足元の地面に散らばる干し草、それを食む栗色の馬。

「迷ったみたいだな……そこの奴に聞いてみるか」

 ルノは丸太の柵に座っていたフードを被った人物に声をかけようと近づく。

 近づいてくる足音に座っていた青年は顔を上げて二人を見た。

「え」

 パタの姿を捉えた瞬間に青年の水色の目が見開いた。立ち上がった青年にルノは驚いて一歩足を引く。水色目の青年は瞬きをして、馬を眺めているパタを見た。

 パタは馬から目を離して青年の方を向き、視線にえ、と声を漏らす。

「あの、どうし」

「あ……兄貴、っすよね」

 向かい合ったままパタと水色目の青年は停止する。

「え、えっと……あの」

 切り出そうとしたパタの声に被さって青年が声を上げた。

「ほっ、本当に生きてたんすね! てっきり最近まで亡くなられたものだと……」

 だが混乱し切っている様子のパタに青年の笑みは消える。少し間を置いて、あっと声を漏らして青年はフードを下ろした。水色の跳ねた髪が露わになる。

「俺プルっすよ。二年経っても髪すら伸びなくって……」

「もしかして……僕のこと、知ってるの?」

 青年、プルの動きが再び止まった。茫然とパタを見る。


「……え、記憶喪失っすか」

 プルの反応を受けてパタはやや申し訳なさそうに頷いた。納得したような、だが動揺した様子でプルは立ち尽くしていた。

「そ、そういえば親御さんが、例の集団に誘拐されたかもって……」

 水色の目が、ルノへ向けられる。

「な、何されたんすか……?」

 袖の下で水色の半透明なナイフに変形した腕を見てルノは短く悲鳴を漏らして後ろへ後ずさる。怯え切っているルノ、敵意を向けるプルにパタは慌てて声を上げる。

「待って! ぼ、僕たちは」

 ふっと緊張が解けた。



 魔物は殺してもいいんだ。そしたら、もう


 パタの口角が上がる。

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