17
城下町の門の外に立つ旅人三人とメイリア、そして男。
厳めしい顔つきの白髪交じりの男はパタを見て目を見開いたまま固まっていた。
「紹介しよう。私の夫のゼロです」
男、改めゼロの肩をメイリアは籠手をはめた手で揺さぶる。
「ほらほら、怖がってるよ?……顔は怖いけど意外と優しいから安心してね」
「い、意外は余計だ……」
ゼロは言いつつなおパタを凝視している。だがふとパタから視線を外して、ルノの方を見た。ルノは肩を跳ねさせて後ろへ足を下げる。
「こらこら……あ、そういや君とお姉さんの名前は聞いてなかったよね」
ルノと007に視線をやってメイリアは聞く。007は丁寧に頭を下げた。
「ナビ機能付きメイドロボ、007と申します」
「えっ、ロボ!? へえ……いつの間に科学はここまで発展を遂げていたのか……」
目を輝かせてメイリアは007を眺め回す。なお目を輝かせていたのはメイリアだけでは無かった。ふと気が付いてメイリアはルノの方を向く。
「おっと、つい夢中に……で、君の名前は?」
油断しかけていたルノは一歩下がって足元の草に視線を落とす。
「る、ルノ……です」
「ルノ君かあ。二人は……や、三人はお友達かな?」
メイリアはパタ、ルノ、007の三人を見回した。即座にパタが頷く。
「は、はい」
「いえ。私はお二人にお仕えしているため主従関係となります」
しかし否定する007。メイリアはそっか、と嬉しそうに腕を組んで何度か頷いた。
「それじゃ、行こっか」
そして歩き出した。
えっ、とパタは声を上げてメイリアに聞いた。
「あの、どこに……ですか?」
「ああ、言うの忘れてたっけ。近くの神殿までちょっと井戸端会議にね」
困惑するパタに構わずメイリアは草原を歩き出した。ゼロが補足する。
「神殿に住み着いている人造サイクロプスの所に行く」
更に困惑しているパタをよそにゼロはメイリアの後を歩き出した。三人が付いてこないために途中で立ち止まって、後ろを振り返る。
旅人三人は顔を見合わせた。
「行きましょう。サイクロプスとなればボス級の可能性が高いです」
007の説明にパタとルノは頷いて、メイリアとゼロの後ろをついて歩き出す。
清々しく晴れた昼の空の下を無言で歩き続ける。
鳥の声のみが聞こえてくるような沈黙の中、メイリアが切り出した。
「世界を救ったらさ、皆はどうするの?」
歩きながら後方を歩く三人の方を振り向いた。パタは気まずそうに、こちらを見ているメイリアから視線をそらした。
「か、帰ります」
パタの回答にルノの表情がほのかに不安げになったのをメイリアは見逃さなかった。
「そっか。……007は?」
笑顔を作り直して007に質問を振る。
「私は最果ての国まで」
「えっ、あんな遠いところから来てたの!? 007って都会っ子だったんだなあ……」
遠い地に思いをはせながら歩いていたメイリアは石の段に足をぶつけた。
前に転びかけるもゼロに支えられて持ち直す。
「よそ見するな。悪い癖だぞ」
「えへへ……ごめん、ありがと」
外れかけた鉄の籠手をはめ直し、顔を上げる。
夫婦の後に続いて三人は立ち止り、目の前にそびえたつ建築物を見上げた。
「こ、これが……神殿……」
感嘆の声を漏らしてパタは神殿を眺めた。屋根から階段まで全て大理石で作られた神殿の入り口は開け放されており、そこから続く廊下の先には石造りの扉があった。
入り口の左右にはかがり火台が置かれているが火は灯されていない。
「九十年ほど前の飢饉の際に建てられたもののようですね」
007が内蔵データから神殿の情報を引き出して解説した。九十年前……と繰り返して、パタは雨のあとが残っている足元に埋め込まれた石へ目を落とす。
「三人とも、早く入っておいでー」
だがメイリアに呼ばれて顔を上げた。もう既に廊下の先の扉の前にメイリアは立っていた。一方ゼロは入ってすぐの所で三人を待っている。
「は、はい!」
三段ほどの階段を上がって神殿へ踏み込みながらしたパタの返事は神殿内に反響した。その後についてルノと007も神殿へ入り、先頭を歩くゼロと旅人三人の靴と石の当たる足音が廊下に不規則に響く。
四人が立ち止まると足音は止んだ。静寂の中でメイリアは石の扉を叩く。
「こんにちはー、奥さんいらっしゃいますか?」
ノックの音が反響して消える。返ってこない反応に首を傾げて、再度叩く。
「すみませーん……あれ、出かけてるはずは……」
叩いていた扉を押してみるとぎぃと音を立てて前に動いた。え、と声を漏らしてメイリアは左右に開いた扉の向こうを見る。
「……どうしたんだ?」
動きの固まったメイリアの肩越しにゼロは神殿の中を覗く。
籠手で口を押えて、メイリアは扉の前にへたりこんだ。
「え、あの……どうしたんですか」
メイリアから視線を上げようとしたパタの前にゼロが立ちふさがる。
「か、帰るぞっ」
ゼロは酷く狼狽えた様子で後ろのメイリアを横目に見つつ三人を入り口の方へ追い返そうとする。だがメイリアを心配してパタはゼロの横から向こうを見ようとした。
ルノに後ろから手を強く引かれる。
「パタ、も、戻るぞ」
振り向いてパタは怪訝そうにルノと007の顔を見た。
「皆、急にどうし……」
石の壁を伝う青い体液。静寂の中でパタの途切れた声が響いた。
「……え」
声を漏らし、パタは後ろを振り向いた。
入口から差し込んだ光を受けて壁の体液は微かに赤く光る。
灰色の雲が浮かぶ夕焼け空の下を、夫婦と旅人三人は歩いて行く。
赤い目をこすりながらパタは足元の草を見つめていた。
「……ね……パタ君」
声を掛けられてパタは顔を上げる。メイリアの顔は泣きはらしていた。
「パタ君は、魔物を滅ぼした勇者のこと……嫌い?」
並んで歩いていたゼロはその質問に息を詰まらせてパタを見る。
五人は立ち止り、オレンジ色の夕日の中、視線はパタに集中した。
「……正直、嫌いです」
「そっか。実はね、私たち勇者の親なんだ」
俯きかけていたパタは顔を上げてメイリアを見た。力無い笑みを浮かべて、メイリアは言葉を続ける。
「あの子も同じことを言ってたよ」
え、と声を漏らしたのはパタだけで無くルノもだった。
「お、お前、それ以上は」
「魔王城から帰ってきたその日にね、剣を自分に刺してたんだ」
草の上、足元から伸びる長い影にその微笑みを向けた。
007は青く光る目で一同を眺めていたが、ふと落ちかけの赤い夕日に視線を移す。
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