16
掲示板の前に魔力が出現する。
「っと……」
三人が着地すると同時に魔力は風に流された。
広場の人々の視線が三人に集まって、すぐに元のように散る。
三人は辺りを見回した。
「ここが、中央国……」
レンガの道が掲示板と騎士像を中心に四方に伸び、赤瓦の屋根が連なり、商人や旅人など様々な人が行き交っている。
「歌が聞こえるな……吟遊詩人か?」
高らかで穏やかな、どこかしみじみとした歌声が外れの方から聞こえてくる。
「なんだろう……初めて聞いたのに懐かしい感じがする……」
目を閉じて歌に耳を澄ませていたパタは、瞼を開いて背後の掲示板に目を移した。
雨避けの屋根の下のコルクボードには古びて黄ばんだもの、最近張られたばかりの綺麗なもの、内容も求人やお知らせなど様々な張り紙が貼られていた。
「……あれ?」
だが、パタの視線はすぐにやや風化した一枚の紙に止まる。
一覧表の様に人物名や特徴がリストアップされた紙、その一番下に即席にペンで書き足されたらしき手書きの項目が。007が読み上げる。
「長い黒髪を結わえたバンダナの」
パタに口を塞がれた。
「ま、待って。これ僕だよね……」
小声で言いつつ改めてリストの内容を確認する。書かれた名前の横には強盗殺人など罪状が明記され、その更に横には懸賞金の額、つまり指名手配犯一覧表。
「変ですね。たった一度の盗みで指名手配にな」
ルノに口を塞がれる。明らかに動揺しているルノをパタが不安げに見た。
「どうしたの?……ごめんね、僕のせいで迷惑を」
「そっ、そうじゃ……第一あれは俺のミスだ、パタのせいじゃねえ」
咄嗟に首を横に振ってルノは掲示板の別の張り紙を指さした。
「そ、それよりここなら近くの魔物の情報が……」
指さした張り紙を見てルノが固まる。それは勇者捜索の張り紙だった。
「捜索はとうに打ち切られたはずですが、まだあったのですね」
ルノの手をどかして007が呟いた。張り紙を読みながらパタは表情を曇らせる。
「勇者さん……こんなに心配されてるのに、どうしてあんなところで……」
世界をお救いになられた、という文でパタの目は止まる。
「……魔物、皆殺しちゃったんだよね……」
パタは俯いて上着を握った。加減はしていてもよほど強く握っているのか、上着は破けそうな音を立ててて張っている。
「何でそんな酷いことが……そんなことをして、平気な顔で……」
腕を震わせているパタを、ルノは黙りこくって見つめていた。
「勇者さんなんて嫌いだ! あんな、あんな冷酷な人……っ」
声を荒げてパタはレンガの地面を見つめた。怒りと悲しみに震えているパタの肩を007が叩いて名前を呼んだ。
「後ろをご覧ください」
涙目のまま、え、と声を漏らしてパタは後ろを振り向く。
三人を囲む町人、旅人、商人、中には兵士も混ざった大勢の人々。
その全員から敵意のこもった視線がパタへ向けられていた。
「ひっ……あ、あの、すみません」
後ずさってパタは掲示板に背中をぶつけた。張り紙が一枚剥がれてパタの脚の間をすり抜けて民衆の前に落ちる。
先頭に立っていたジョウロを持った中年女性がそれを拾って眺めた。
「……あっ、あんた、この指名手配中の!」
それは指名手配犯一覧表だった。更に悲鳴を上げてパタはへたり込んで震えだす。
「ほら、逃げますよ」
007に腕を引かれて群衆の間を割って逃げ出した。ルノは慌てて後を追う。
「逃げたぞっ! 追え!」
群衆は逃げる三人を追いかけようとした。しかし三人は城門の前で立ち止まる。
閉ざされた城門の前で仁王立ちをする籠手をはめた女。
門の鍵は丁度女の背後にあり、女は門に張り付くように立っていた。
「あ、あの……」
怯え切った様子でパタは女から後ずさり、後ろで立ち止まっている民衆を見た。
後ろで見ていた旅人の一人が声を上げる。
「あの主婦なのに謎の威圧感……まさかあの賞金稼ぎの!?」
籠手なのにエプロン姿でフライ返しを持っている女に視線が集中する。
女は俯いて腕を組み、ふっふっふと低い笑い声を漏らした。
「そうだ。我こそは全賞金首が恐れる主婦、兼」
「メイリアさん、その子捕まえて! 例の盗賊よ!」
中年女性に名前を暴露されて籠手の女、改め主婦兼賞金稼ぎのメイリアは俯いたまま熱湯をかけたかのように真っ赤になった。そのあまりの速さにパタは動かないメイリアに声をかけて近寄る。
「だ、大丈夫で」
パタの腕が籠手に掴まれた。短く悲鳴を上げてパタは下がろうとする。
「ま、まままんまと罠にはまったな! さあ、一緒に来てもらう……よ」
パタの腕を引こうとして、メイリアはパタを見たまま動きを止める。
凝視するメイリアにパタは怯え切っていたが、動かないことに気が付いてメイリアの籠手の指をそっと自身の腕から外そうとする。
「えっ……」
だが籠手に落ちた水滴に顔を上げた。鼻を赤くして、メイリアは涙をこぼしている。
その様子にルノの顔から血の気が引いた。民衆は騒然としてメイリアを見る。
「おい、メイリアさんどうしたんだい? まさか、その盗賊が何か……」
コック帽を被った白エプロンの男がパタを鋭い目つきで睨みつけた。パタはガクガクと全身を震わせながら涙目で謝りだす。
はっと気が付いてメイリアはパタの両手を籠手でそっと握った。フライ返しが地面に落ちる。
「大丈夫、怖くないよ」
赤くなった顔で優しくパタに微笑みかけた。大局的にパタは恐怖で凍り付く。
「な、な、何ですか。ごめんなさい、許してください」
涙と鼻水を垂らしながら顔を青くして許しを請うパタに、メイリアはふと我に返って両手をぱっと離した。袖で涙を拭って籠手をはめた両手を胸の前で軽く上げる。
「ご、ごめんね。えっと、君の名前は?」
「ぱ、パタと言います……」
両手の上着の袖で顔を拭きながら涙声でパタは答えた。
「パタ……パタ君か」
パタの名前を繰り返すメイリアに、はっとパタは名乗ってしまったことに気が付いて顔を上げた。
「……いい名前。ね、パタ君」
「はっはいっ」
恐怖にパタの返事はうわずった。もう一度目を拭い、メイリアはいたずらっぽい笑みを浮かべてパタの腕を掴み上げた。
「泥棒した罰として……ちょっといいかな?」
いたずらっぽい、なんて生易しいものでは無かった。
パタは腕を掴まれ震えながら頷く。
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