15

 動かなくなったテラに、パタの困惑した表情に不安が混じりだす。

「ど……どうしたの?」

 下ろした片手を髪を隠している手にかぶせ、パタは視線を落として後ずさった。

 はっと我に返り、その様子に気が付いたテラは慌てて両手を横に振る。

「なっ、何でもない。か、返す」

 手に掴んでいたバンダナをパタに投げてよこした。顔を上げてバンダナを受け取り、パタはそのまま被って結び目に一本結びの髪を通した。

 こちらを見ているテラへ視線を戻し、不意に思い出して口を開く。

「あの、テラって……と、盗賊なの?」

 再びテラの目が見開いた。テラの表情が凍り付いたのを見て、パタはあ、と声を漏らして頭を下げた。

「ごっ、ごめん、急に変なこと聞いて。まさかそんなわけ」

「そうだ」

 だがテラの返答に言葉を詰まらせる。

「……正確には元、だがな。二年前のことだ」

 俯き、テラは電灯に照らされたレンガの道へ視線を段々と落としていく。小さな手は軽く握られていた。夜風がテラの短い茶髪にそよぐ。

 顔を上げてテラを見ていたパタはしばらく茫然としていたが、ふっと微笑んだ。

「そ、そっか…………実はね、僕も盗賊なんだ」

「はあっ!?」

 突然声を上げたテラにパタは肩を跳ねさせた。

「あ、えっと、まだ一度もちゃんと盗めてないんだけど、その……盗賊団に」

 しどろもどろになるパタ。テラは口を半開きにしたままパタを見ていた。

 手の甲で目をこすって、僅かに口角を上げる。

「……その盗賊団ってやつの話、聞かせてくれ」

 テラの提案にパタはやや意外そうな様子で頷いた。電灯のついた薄暗いレンガの道を、二人は並んで宿舎の正門へと歩き出す。



 話しつつ歩きながら、ふとテラはパタの手元へ視線を下げた。

 何かに気が付き薄暗い電灯の明かりの中で目を凝らす。

「なっ、何だこれ」

 パタの腕を掴み上げた。浅い傷のびっしりと刻まれた腕と手を見て、反対の腕も掴み上げる。自身の両腕をじっと見つめるテラを見てパタは固まった。

「う、上着、忘れてた……」

 混乱したようすでテラを見下ろす。

「これ……だ、誰にやられたんだ」

 テラは古傷だらけの色白で細いパタの両腕を恐る恐る掴んでいた。

「それが……最初からあったんだ」

 その言葉に声を詰まらせる。

「僕、二年前から前のこと何も覚えてなくて……そこを盗賊団の皆に助けられたんだ」

 解放された腕をそれとなく背後へ隠しながらパタは苦笑いした。

「そのせいで皆に二歳児二歳児って……そりゃ確かに子供っぽいけどさ、二歳って」

 口をすぼめて呟きつつ歩き出す。言いながらもその表情は笑っていた。

 パタの後を追って歩きながら、テラはその笑みをどこか嬉しそうに、だが寂し気にちらちらと見ていた。

 話しながら歩いていた二人は宿舎の正門の前で立ち止る。ガラスの扉の向こうは既に電灯が消えており真っ暗だった。

「……あれ、もしかして門限……」

「とっくに過ぎてっけど……て、まさか今気が付いたんか……?」

 今更過ぎるパタの問いにテラはまるで何でもないことかのように答える。咄嗟に辺りを見回すパタをよそに、テラはガラスの扉を音をたてぬように開けて中へ入った。テラにせかされてパタも中に入り、扉を閉める。

「鍵かかってないんだね……」

「出る時開けたままにしてったからな。一回バレて罰食らったが」

 金属製の扉の鍵を横に回してテラは左の廊下へと歩き出そうとした。パタは暗闇の続く右の廊下を不安げに見つめている。


 立ち止り、テラは振り向いた。

「パタ、つったっけか」

 パタはテラの方を向いた。外から月明かりが差しこんでいる。

「……じゃあな」

 前を向いて片手を軽く上げ、歩き出した。

「うん。バイバイ、おやすみ」

 パタは手を小さく振って右の廊下へと歩いて行った。小声で火炎魔法を唱えて手の平に火の玉を浮かべる。

 しばらく進んだところで立ち止まって、後ろを振り向いた。

「何だか、不思議な子だったなあ……」

 暗い左の廊下から目を離し、階段を上がる。







 窓から朝日が漏れる中、パタは上着に通しかけていた手を止めた。

「せ、洗脳?」

 繰り返したパタに、ベッドに座っていたルノはやや俯き加減で頷いた。

「相手を操れる能力……それが、俺にあった……らしい」

 起きて早々のルノの告白に、パタは袖を通しかけたまま止まる。

 だがぱっと笑顔になって声を上げた。

「すごい! ルノ、そんなすごいことが出来たんだ」

 目を輝かせてルノを見ながら袖に腕を通す。ルノは驚いた様子で顔を上げ、嬉しそうにこちらを見ているパタを見た。

「……す、すごい……」

「うん、すっごくすごい! あ、そうだ……僕も昨日気が付いたことがあったんだ」

 パタに手招きされてルノと007はパタへ近寄った。

「転移魔法っ!」

 パタの声と共に三人の姿は魔力に包まれて消える。



 学院の正門の前に着地した。

「っと。ね、僕、転移魔法が使えたんだよ!」

 魔力が風に流される。二人の方を向くも、ルノと007は特に驚いている様子は無かった。むしろダブルで無表情。

 パタが少し寂しそうなのを見て007が口を開いた。

「知ってました。ていうか使えない方が不自然かと」

「えっ、な、何で!?」

 パタはルノを見るも、ルノは同意を示すかのように頷く。

 困惑していたパタはふと思い出して再度手に魔力を溜めた。

「待ってて、先に院長先生に挨拶を……」

 行こうとしたパタの元へ、院長が小走りで駆け寄ってきた。

「良かった……間に合いました」

 三人の前で立ち止まって息をつく。パタは姿勢を正して頭を下げた。

「二日間も泊めていただいて、ありがとうございました」

「あっ、いえいえ……お礼を言うべきなのはこちらの方です」

 院長はパタに頭をあげさせて代わりに手を重ねて丁寧に頭を下げた。

「襲撃を受けた際、多くの生徒を助けていただいて……感謝しかありません」

 顔を上げ、ルノの方を向いた。ルノは僅かに俯く。

 それを見て、院長はルノの耳元に寄ってそっと囁いた。

「例え魔物の子でも、貴方が人を助けたことに変わりはありませんよ」

 えっ、と呟いたルノから離れて院長は007の方を向いた。

「次はどちらへ向かわれるのですか?」

「中央国、その城下町でございます。……では、そろそろ」

 パタに視線を送る。頷き、パタは溜めかけていた魔力を強めて院長に再びしっかりと頭を下げた。

「本当にありがとうございました。それでは」

「はい。またいらしてくださいね、いつでも大歓迎です」

 微笑んで院長は正門に歩み寄り、かんぬきを引こうとしたその時パタが転移魔法を唱えて三人は魔力の中に消えた。


 魔力を含んだ風が正門付近を歩いていたテラと女子生徒の髪にかかる。

「……あれ……今、中央国の城下町って……」

 教科書を抱えていたテラは立ち止り、どこか不安げに院長の立つ正門の方を見た。

「テラ、どうしたの? 早くしないと遅れるよ」

 だが女子生徒に声を掛けられて慌てて後を追う。

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