12
ぼんやりと瞬きをし、赤くなった目をこすってルノは顔を上げた。
「……は」
斧を下ろしてゴブリンは首を傾げ、頭を掻きながら去っていく。
上空を見上げれば羽の生えた魔物達がぞろぞろと遠くの空へ飛び去って行っていた。その先頭には先ほど到着したばかりのドラゴンの姿が。
「な……何だ、こ……」
ルノの体から力が抜けて濡れた芝生に頭を打ち付ける。雨に打たれる中ルノは瞼を閉じた。雨の勢いは弱まり、遠くの雲の隙間から月明かりが射している。
校舎の角から黒いメイド服のままの007が少年二人の姿を見つけ、駆け寄ってきた。
高速移動しつつドリルの片手を瞬時に人型へ戻してパタの両腕を後ろから掴む。
俯いたままパタはひっ、と短く悲鳴を漏らした。
「パタ様、ナイフをお放しください」
パタの両手に握られたナイフは包帯を巻いた自身の首の中央に突き立てられていた。僅かに刺さった刃先を中心に包帯が血で赤く染まっている。
腕の傷、首から血を流しながら雨に濡れた血まみれの両手を震わせて、パタはナイフを握っていた。
「パタ様」
呼びかけながら007はパタの手を引き離そうとするも、ナイフを首に突き立てている両手は微動だにしない。007は震えているパタを赤く光る目で見下ろしていた。
「放しなさい」
厳しくはっきりとした語調で言う。パタの両手から力が抜け、柄に赤い手形のついたナイフが芝生に落ちて金属音を立てた。刃先の血が雨に洗われる。
血の染み出ている指先が首元へ動いたのを見て007はパタの両手を握った。
007の視線は雨の中横たわっているルノへ向けられる。
水滴のついた窓ガラスの外から朝日の光が射しこんだ。
肘掛椅子の肘掛けにもたれて寝息を立てていたパタの瞼が、僅かに開く。
「あ、お目覚めですか。おはようございます」
007の声にパタは眠たげに挨拶を返し、頭のバンダナに触れた。
「僕、何でこんなところで……」
傷の消えた片手で新しい包帯の巻かれた首に触れる。首を軽く回しながら、次第にパタの目は開かれた。かけられていたパタの上着が床に落ちる。
窓際の、ルノが眠っているベッドへ飛びつく寸前でパタは止まった。
「ルノっ! だ、大丈夫!?」
シーツに手を突きルノの顔を覗き込む。ルノはぼんやりとした目で目の前のパタの顔を見つめ、ふっと瞼を閉じた。
「ルノ!?」
声を上げたパタに、ルノは再び瞼を開ける。
隅の机に向かって書類を見ていたジャンパーの女性教員がパタの肩に手を置いた。
「大丈夫だよ。急に魔力をいっぱい使って、魔力欠乏を起こしちゃったみたい」
女性教員はパタの横にしゃがんで、ベッドに横たわっているルノの額に手を乗せた。
「体温もちゃんと上がってきたし……夕方ごろには起きられるかな」
穏やかな女性教員の言葉にパタはほっと胸をなでおろし、ふと部屋を見回した。
壁際にもう一つベッドが置かれ、身長計、長椅子に並べられた毛布とぬいぐるみ……
パタは我に返ったように口を押えた。
「す、すみません」
小声で謝る。女性教員はパタに微笑んで見せた。
「いいよ、誰も居ないから。怪我してた子も少なくって……これも君のおかげだね」
立ち上がって女性教員は机の上の書類を手に取る。
少し間を置いてからパタはえっと声を漏らした。
「聞いたよ? 君が襲われてた子を何人も助けてたって」
女性教員の話を受け、パタは不思議そうに首を傾げて007へ振り向いた。007はやや戸惑って見せた後、親指を立ててグーサインをする。
「あ、そうそう。ナイフ科の先生が君に来てほしいって言ってたよ」
書類を挟んだファイルを抱えてジャンパーの女性教員は部屋の扉を開ける。
「それからえっと……ルノ君だっけ、科学の先生が後で話したいことがあるって」
用件を伝え終え、ファイルを手に女性教員は扉の隙間から片手を小さく振った。
「じゃ、ゆっくり休んでてね」
扉が閉まった。パタは少し扉を見つめ、まどろんでいるルノへ視線を戻した。
「……ごめん」
呟いて、下ろしていた手を握る。
青色の旗がかけられた大部屋で円形の机を囲む八人の人々。
年齢性別種族は違えど、形状こそ違うものの全員の頭に乗せられた冠がそれぞれが国の代表者であることを示していた。
懐中時計を確認し、灰色の髪の老婆が顔を上げた。
「時刻になりました。では、始めましょう」
スカーフにとめられた青いブローチが揺れて天井のシャンデリアに反射する。
どこからか聞こえた神経質、という呟きに老婆は目つきを鋭くした。咳ばらいをし、一同をしわのよった目で見まわす。
「人造魔物軍総攻撃に関する国際会議を……では、意見のある方は挙手願います」
静まり返った会議室の中に時計の秒針の刻む音が響く。
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