13
「はいはーい。意見あります」
手を上げたのは中途半端に髭の生えた男。
「うちは魔王城近いからさ、いざという時のために兵力温存しておきたいんだけど」
首にかけたヘッドホンから軽快なリズムの曲が漏れている。
一同の視線が男に集中する中、髪を頭頂で結わえた男が挙手した。
「それならば尚のこと討伐に力を注ぐべきでは」
「もし作戦失敗したらどうするの、一番危ないのこっちじゃん」
発言を遮った髭の男は横目に老婆の方を見た。参加者の視線が老婆へ向けられる。
一瞬老婆の眉間にしわが寄ったのに気が付いたのは過半数であった。
「……最果ての国の要望を受け入れましょう。他に異議は」
老婆の発言に一同は首を横に振る。
「でしたら最果ての国の参戦は免除、ということで……」
「あのっ」
次に挙手したのは集団の中で最年少、年齢不詳なエルフの幼女を除けば最年少となる桃色の髪の若い女。端正で可憐な顔を僅かに俯ける。
「西の国女王、意見があるのであればどうぞ遠慮なく」
老婆に促されて桃色髪の女改め、西の国女王は不安げに顔を上げた。
「女王ではありません。その……私は、魔王城へ攻め入ることに反対です」
ざわめきが起こり数か国の代表が同時に手を上げた。
老婆が主張しようとする参加者を静め、西の国女王の方を向いた。
「それは、人造魔物への攻撃が人に何かしらの不利益を被るということですか?」
「い、いえ……そういう訳では無く」
西の国女王は俯きかけるも、しっかりと前を向く。
「人の手で作った生物を反乱を起こしたからと言って、人の手で殺す……これは余りにも無責任で非道な行為ではないでしょうか」
しかし、と手を上げかけた頭頂結びの男を老婆は止める。
「それで……つまり、どうなされたいと」
「人造魔物側との交渉を果たし、共存の形を取れればと考えております」
頭頂結びの男が立ち上がった。椅子が音を立てて後ろへずれる。
「あのように野蛮で危険なものどもに交渉を持ち掛けるなど……それこそ」
「生物では無くあくまで道具です。危険なら壊すのは当然では」
ニットを着た初老の男がぼそりと呟いた。あくびをしながら傍聴する犬耳の老齢男性、発言せずに各国国王の顔色を窺っているエルフ幼女。
静まり返った参加者に、老婆は咳払いをして切り出した。
「……西の国の意見に賛同する、という方は……」
各国国王同士顔を見合わせる。誰も挙手することは無く、西の国女王は僅かに赤い唇を噛んで上質な布のスカートへ視線を落とす。
「それでは、この」
「賛同いたしましょう」
開始から今まで俯いていた白髪頭の男が手を上げた。
会議室にざわめきが起こる。
「静粛に。……では、中央国も攻撃には参加しないと」
しばし悩んで白髪頭の男、中央国王は頷いた。
「勇者の自害に感化されましたか」
呟いたのはニットの初老男。
「北の国王、発言は挙手なされてからで願います」
老婆に忠告されてニットの初老男、北の国王は面倒そうに片手を挙げる。
「まあ……確かに、あれほど明るかった少年が心を病んで自害した……よほどでなければ心痛するような悲劇的な出来事だったと思います」
手を下ろし、白髪の生え始めている頭を掻く。
「特に彼はそちらの国民、思い入れも罪悪感も一倍強いことはお察しします」
机に手を置いて半開きの目を中央国王へ向ける。
「ですがあくまで一国民。しかもあの無謀で無計画な考えに、国を導くべき王が感化されるというのはどうかと」
息をつき、発言を終える。動揺を隠せていない中央国王に視線が集まった。
「改めて考えると勇者ってバカだよなあ」
だが髭の男、最果ての国王の一言に場の空気が変わる。
老婆は再び眉を若干ひそめた。
「故人を侮辱するとは……では、最果ての国、西の国、中央国、計三ヶ国が作戦に参加しない、ということでよろしいですか?」
確認を取る。今度は挙手する者も発言する者もいなかった。
「でしたらこちらで決定させていただきます。参加する国は引き続きこの場で作戦の大まかな流れについて……」
机の中央に置かれていた資料を配る。参加をしない国の王は席を立ち、扉を開けて廊下へ出ていく。
資料を眺めながら頭頂結びの男は横目に去っていく王を見た。
「勇者がいない今……中央国の守りは薄い」
独り言を呟いて資料に目を戻す。
老婆の説明する声の中、会議室の扉は静かに閉まった。
強い魔力の張り詰めた室内で、三人の若者が床に直に座っている。
「一発芸やります」
一同の前に立って挙手するスーツの狼男。光魔法を唱えて光の球を作り、首から上のみを狼化させる。そして伸びた鼻の上にビスケットを乗せた。
鼻先を横に動かしてビスケットを食べる。
拍手喝采する魔女とそばかすの女。
「いや犬かよ……」
困惑した表情で鬼がツッコむ。光の球を消すと狼男の頭は耳を残して人型に戻った。
そういえば、と魔女が拍手の手を止める。
「勇者誘拐計画ってどうなったんだっけ……?」
少し間を置いて、あー、と狼男と鬼が同時に反応した。というより思い出した。
「つか勇者って生きてんのか? 事故死したって聞いたような」
「生きてますよ。あれをご覧ください」
狼男が指した先には空中に投影されている水色の世界地図があった。その下で地図を投影しているのは白い羽の生えたメイド。
「本当ゴミばっか拾ってくるな、貧乏性が」
「あらゴミだなんて。ロボットと呼んでくださいな」
高くおしとやかな声で答えたメイドに驚きつつも鬼は歩み寄って両目のカメラをつつく。空中の地図が揺れた。
「人間が作ったもののようですが、なかなか便利ですよ」
あとそれだと魔女も当てはまりますが、という小声で核心を突いた狼男の言葉に鬼は分かり易く慌てふためいて弁解する。だが当の魔女は聞こえていなかった。
鬼を無視して狼男は地図へ視線を戻した。
「例えばこの地図はその地点の魔力量を表示しているようですが……」
爪の伸びた指で指した最北の城には、ひときわ大きな赤い点が二つ。指は下がり、海を挟んで下の大陸の南の方角にある倍ほど大きな点を指した。
「この魔力量、勇者以外には考えられないかと」
「ま、待って。勇者って二人もいなかったはず」
魔女が言った通り、その周辺にもう一つ同じような大きさの点があった。
「妙ですね」
腕を組んで首を傾げる狼男。
「妙ですね、って……そんなあっさり対応でいいの……?」
「まあ片方はふらついているだけの様ですし、こちらを狙っておきましょう」
指したのは先ほどから南にある建造物の上から動いていない方の点だった。
「で、誰が行くんだ?」
鬼の問いに、話し合っていた三人はそばかすの女を除く他の二人の顔を見る。
横向きの体勢でベッドに横たわり、ルノは窓の外を眺めている。
007は長椅子に座って年少向けの絵本に没頭していた。本に青いライトが映る。僅かに本から視線を上げた007は床に落ちたままのパタの上着に気が付いた。
「申し訳ございません。忠誠を誓っていながらお守りすることが出来ずに」
突然謝罪した007に驚いてルノは振り向いた。勢いが強すぎたのか頭を抱えて俯く。
「……別に、007のせいじゃ」
ルノが言い切る前に扉が開いた。
入ってきた白衣の教員はルノのベッドの横で立ち止まる。
「やあ。君がルノ君ですね……見たところ十五か十六程でしょうか」
じろじろと見定めるような白衣の教員の視線にルノは上半身を起こして返事をしつつも、やや嫌悪感を示して壁に近寄る。
白衣の教員はそれに気が付いてすみません、と軽く謝った。
「養護教諭から聞いたとは思いますが、私が科学科を担当している者です」
丁寧に頭を下げ、ふと真剣な表情で白衣の教員改め科学科教師はルノを見下ろした。
「早速ですが、昨夜魔物が突然去って行った件について……ある仮説がありまして」
白衣のポケットから大量の付箋が貼られた本を取り出し、目的のページを開いて本をルノに手渡した。本の表紙には『新版・人造魔物白書』と書かれている。
「……洗脳……?」
ページの見出しには『洗脳』と書かれていた。
「洗脳、自身の魔力を相手に送ることで思考や行動をコントロールできる能力です」
使用する魔力量によっては倫理観や性格を変えることも、と本に続きが書かれている。ルノは文章を目で追い、ん? と声を漏らして顔を上げた。
「もしかして……俺がこれを使った、って……」
「ご名答。と言いたいところですが、そうなると引っ掛かる点が一つ」
最後の文を読んでみてください、と促され、ルノは本へ目を戻す。
首を傾げるも、ふっとその意味を理解して顔を上げた。
「洗脳は人工的に作られた能力であり、人造魔物のみが持つ……」
科学科教師の言葉は本の最後の一文とまるで同じであった。
「ルノ君、君はご両親のことを覚えていますか?」
柔らかな科学科教師の語調に対し、ルノはほとんど放心状態で科学科教師の顔を見ていた。窓の外から授業中の生徒の元気な声が聞こえてくる。
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