11

 生えかけのしっぽを黒い靴で踏みつけて、007はトカゲ男の顔面に片腕のドリルを突き付ける。トカゲ男は白目を剥いて泡を吹いていた。

 回転を止めたドリルでトカゲ男の顔を殴りつけてから足を外す。

「随分頑丈に作りやがって……」

 黒いメイド服のスカートに貼りついた芝生を片手で払い、辺りを見回そうとして羽音を聞きつけた。

 重く風を切る音が、降り続ける雨の音に混ざっている。

「……似たようなのがまた来たし」

 目を細めて007は赤く光る目で上空を見上げた。



 芝生の水を跳ねさせながら走るブーメラン科教師と黒髪の女子生徒。

 その後をハーピーが飛んで追いかけている。

「その怪我でどこまで逃げられるのかなーっ?」

 笑顔を浮かべながらも目に涙を溜め、ハーピーは執拗に二人を追いかけまわしていた。ついに二人は学院の敷地を囲む塀の角まで追い詰められる。

「どうも、戦うしかないって状況みたいかな……」

 黒髪の女子生徒を背後に庇い、ブーメラン科教師は刃のついたブーメランを構える。反対の手で構えた腕にえぐるように刻まれた傷を押えていた。押さえた手の下から血が流れて芝生に垂れる。

「先生は休んでいてください! 私が戦います」

 ブーメランを構えて前へ出ようとした女子生徒を教師は血の付いた手で後ろへ下げた。手を離した腕の傷からは血がとどめなく流れ落ちている。

「大丈夫大丈夫、この程度」

 そうは言うものの、ブーメラン科教師の顔は蒼く、そのうえ足に刻まれた同様の傷が芝生へ血を垂れ流していた。

 ふとハーピーが上を見上げる。水を蹴り、近づいてくる足音。

「回復魔法!……他に怪我はありませんか」

 手を下ろし、駆け寄ってきた白衣の教員は二人に確認する。

「は、はい。先生」

 言いかけて黒髪の女子生徒はよろめいたブーメラン科教師の肩を支えた。女子生徒に礼を言いつつ、ブーメラン科教師は眉をひそめて白衣の教員を見た。

「あっ、援軍が来たみたいだね!」

 だが三人はハーピーの言葉に空を見上げる。




 頭を下げるパタをゴブリンは唖然として見つめていた。

「い、今更……謝ったってもう爺ちゃんはっ!」

 振りかざした斧をパタの胴目掛けて走りながら振るも、斧の石の刃はパタの腕の表面を切ったのみでそれ以上は刺さらなかった。ゴブリンはもう一度斧を引き抜いて振るも同じ傷が増えるばかり。

「本当にごめんなさい、ケルベロスのお爺さんを……」

 謝り続けるパタの腕には似たような古傷がいくつも刻み込まれていた。腕に斧を刺されながらもパタは微動だにせず、ただ握った拳と肩だけを震わせている。

「お前ら人間なんか……こんな冷酷な生き物なんか皆殺してやるっ!」

 涙を流しながらゴブリンは斧を振り続ける。パタの拳から血が流れて芝生を赤く染めた。握った両手から血がこぼれている。

「パタ、おい」

 拳を滴る血を見てルノはゴブリンに警戒しつつパタへ近寄り声をかける。不意にパタの言葉は途切れ、蒼白した表情で芝生を見つめるのみとなった。

 血だらけの手を上げかけたパタから飛び退くようにゴブリンは斧を離し、返り血のかかった顔は今度はルノへ向けられた。

 上空から聞こえた羽音にルノは顔を上げる。

「なっ……」

 声を漏らして茶色の瞳の目を見開いた。黒い雨雲に覆われた夜空を、青い体のドラゴンが羽音を立てながらこちらへ向かって飛んできていた。口から火の息を吐き出すその姿はすでにあと少しで学院へ到着しそうだった。

「ど、どうす……」

 再び視線をパタへ戻そうとしたところに横から斧が振られてルノは飛び退く。ブーメランを構えてゴブリンの斧を避けながら横目にパタを確認した。

 パタへ近寄ろうとするも攻撃を避けるのに精一杯でルノは移動することが出来ない。


「だ……誰か」

 ルノの目に涙がにじむ。だが、その場には他に誰もいなかった。

 先ほどまで見ていたはずのナイフ科教師もいつの間にかいなくなっていた。

「007、来てくれよ……っ」

 ブーメランで斧の刃を防ごうとするも刃がかすって傷が入る。激しい攻防の中、ルノは息をつきながら涙でかすむ景色をなんとか目を細めて見ていた。

 羽音は空中で止まり、校庭に巨大なドラゴンの影が差す。

 四方から悲鳴が聞こえて来た。

 後退する際にルノは石に躓き、濡れた芝生へ座り込んだ。顔を上げたルノの頭にゴブリンの石の斧が振りかぶられる。ルノは俯き、強く目をつむった。

「嫌だ……やめろ」

 涙が頬を伝う。

 振り下ろされた石の刃は顔に当たる寸前で止まった。

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