08
先頭を歩き、校舎内を案内する院長兼魔法科教師。
「こちらが年長クラスで……あっ」
院長の横を七歳ほどの、赤い制服を着た子供たちが喋りながら駆け抜けていく。
「こら! 廊下は走っちゃいけません」
咎められ、子供たちは足を止めて振り返った。
「年少クラスさんはもう眠る時間ですよ?」
「だって、まだ眠くないもん」
そうだそうだ、と口をとがらせて院長に反抗する。
「……じゃあ、しょうがないから先生が眠らせてあげようかな」
院長が杖を構えた途端、子供たちはすくみ上って全力で首を横に振った。
「おやすみなさい院長先生っ!」
挨拶して、院長が止めるのも聞かずに廊下を走り去っていく。
「もう……ごめんなさい、年少クラスはやんちゃな子ばかりで……」
杖を下ろし、後ろの三人を振り向いて院長は苦笑いする。一方のパタとルノは恐ろしい者を見る視線を院長に向けていた。
「それで、寄宿舎はそこの渡り廊下を超えた先に……」
再び歩き出した院長に三人はついていく。廊下の片側にはカーテンの無い大きな窓が並び、十七ほどと思われる女子生徒二人が窓際に座って難し気な本を読んでいる。
パタは歩きながら古代文字の書かれた本の表紙を眺めていた。
「わっ」
前方から走って来た生徒に頭から突っ込まれる。
パタは慌てて離れた。
「ご、ごめんなさいっ……て、あれ……?」
頭を抱えてしゃがみ込むショートヘアの女子生徒。年齢は十歳程であった。
「あの……そろそろ寝た方が」
「年少じゃねえよっ!」
年少じゃなかった女子生徒はよほど強くぶつかったらしく、俯いたまま痛そうに頭をさすっている。だが後ろから近づいてくる高速で軽やかな足音。
「こらあっ! 観念しろっ!」
青ジャージの男性教員が角を曲がってダッシュでこちらへ向かってくる。
「げっ、もう来やがったっ」
女子生徒は立ち上がって男性教員から逃げ出した。
「きゃっ!」
窓際の女子生徒二人の制服のスカートが舞い上がるほどの速さで男性教員は後を追うが、逃げる女子生徒はその数倍は早かった。
二人の姿は瞬きするうちに曲がり角へと消えて行った。
「……そういえば、年中さんにもっとやんちゃな子がいましたね」
廊下の向こうを見つめる院長。その横で、女子生徒二人はめくれ上がったスカートを直しつつ、今日は何しでかしたんだろうと廊下を駆け抜けていった二人の話をしだす。
「毎晩あのような調子なのですか?」
007が聞くと、女子生徒は二つに結んだ髪を揺らして頷いた。
「ありゃもうこの学院の風物詩ですね」
「けど先生があの子を罠以外で捕まえられたこと、一度もないらしいですよ」
隣のおかっぱの女子生徒が補足する。やや感心した風に007は二人が消えて行った方を見た。
「さ、さあ。皆さん、あの扉の向こうが格技場です」
院長の指した方を三人は向く。廊下の向こうに大きな扉があり、その上のプレートには『格技場』と刻まれている。年少向けか、扉にはイラストの描かれた格技場の使い方に関する張り紙が四枚ほど貼られていた。
院長に案内され、旅人三人は扉の方へと廊下を進む。
手前の壁にはロッカーが並び、右の壁には多種多様な訓練用の武器や杖、左の壁には訓練内容に応じた的が様々な位置に設置されている。
「では、こちらでお待ちください」
軽く頭を下げて、院長は扉から部屋を出た。
三人は靴を脱いでマットの上に上がり、その場に並んで座る。部屋の隅では年中と思われる二人の男子生徒が的を狙って弓を放っている。
「す、すごい……」
思わずパタが声を漏らす。男子生徒の放った矢は的の中央に命中した。
「あれ、お兄さん達……何で正座してるんですか?」
男子生徒の一人が三人の方を向いた。なんとなく三人は正座だった。
「そういえば……何で正座してたんろ」
少年二人が足を伸ばそうとした時、後ろの扉が勢いよく開いた。
毛先のカールしたサイドテールの女がパタとルノを見下ろす。
「ブーメラン使うってのはどっち?」
「あ、俺で」
手を上げかけたルノの両手を女が握って上下に激しく振った。先の尖った、エルフの耳に通した金の大きなイアリングが揺れる。
「光栄だよ! まさか実戦経験のあるブーメラン使いの男の子に会えるなんて!」
女の勢いにルノは固まってしまう。扉の向こうに立っていた女子生徒が女を制する。
「先生、困ってますよ」
女、改めブーメラン科教師は気が付いて手を離した。
「おっと。ごめんごめん、つい昂っちゃって」
ごめんね、と女子生徒がルノに言う。艶のある黒髪ストレートに眼鏡をかけた、いかにも優等生な風貌の年長らしき女子生徒。
「この子は我らがブーメラン科の首席なのだよ……まあ、全部でたった三人しかいないけど。でも彼女の実力はかなりのものだよ」
「せ、先生。言い過ぎです」
ブーメラン科の首席だという女子生徒は顔を赤らめて俯いた。
さあさあ、とブーメラン科教師にルノは部屋の奥まで連れられていく。後をついて行った女子生徒は壁から訓練用のブーメランを取り、何度か素振りをする。
ブーメラン使い三人を眺めていたパタと007の後ろから誰かが入ってきた。
「あ、もう早速始めてたみたいですね」
入ってきた院長は連れてきた大勢の年中と年長の生徒を部屋に入れ、扉を閉めた。一気に部屋の中は騒々しくなるが、院長の一言で喧騒は止んだ。
隣に立っていた青ジャージの男性教員が息を切らしながら顔を上げる。
「俺は、な、ナイフ科教師の……あっ」
青ジャージの男性教員改めあっ、ではなくてナイフ科教師は自身の横を見て声を上げた。そこには誰も居ない。
「あ、あいつどこに逃げ」
ナイフ科教師は扉を開けて廊下を確認する。パタの頭上に子供らしき人影が。
「もらったっ」
訓練用ナイフを手に、ショートヘアの女子生徒は空中でにやりと口角を上げる。
ナイフはパタの肩目掛け振り下ろされた。
的が並ぶ壁まで退いたパタは自身の肩を押さえながら女子生徒を見た。
「……あれ、さっきの……」
ショートヘアの女子生徒は舌打ちをし、それとは反面に笑みを浮かべた。
「避けるたぁな……面白えじゃねえか」
「こっ、こらあ! まずは挨拶だろっ!」
ナイフ科教師に咎められ、女子生徒は渋々パタの方を向き直した。腕を組み、見定めるような目でパタを眺める。
「……ひょろっちいな」
「なっ、何失礼なこと言ってんだ!」
女子生徒の感想に、パタは自身の白くて細い腕を見た。
「……ん? お前……」
一通り観察し終えた女子生徒は僅かに眉をひそめた。だが小声で何かを呟いて、パタの方を向き直す。
ショートヘアの女子生徒は口元を上げた。
「私はテラ、だ。よぉく頭に刻み込んでおけ」
女子生徒、改めテラは回避姿勢のままのパタを見上げた。
ナイフ科教師が呆れた様子で付け加える。
「こいつがナイフ科の首席だ。腕は確かだが性格に難があってな……」
頭を抱えるナイフ科教師。隣の隣に立っていたやや老齢の女性教員が微笑みながら付け加える。
「おまけに家庭科も首席。学力も高くて、過去稀に見る優秀な子ですよ」
けど性格が……と苦笑する。慌ててパタは姿勢を正し、テラに挨拶を返した。
「僕はパタです。よ、よろしくお願いします」
明らかに年下のテラに敬語を使うパタ。
「ふぅん……妙な名前だな」
テラはパタの名を小声で繰り返す。視線をそらし、不服そうに舌打ちをした。
次の瞬間テラの姿が消える。
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