04

 点々と家の灯りが残る地平線から、少年二人と続けてメイドが姿を現す。

「かっ、帰ってきたぞ!」

 小屋の前に立っていた中年男が四方に散らばった人々に呼びかける。

 男の呼びかけに反応して、金髪の女他、数人が小屋の前に集まった。



 真っ先に到着したパタは一同の前で申し訳なさそうに地面を向いた。

「ご……ごめんなさい。作戦、失敗し」

 駆け寄った赤髪を頭頂でまとめた女がパタの頬を左右に引っ張った。

「お前っ……丸一日もどこほっつき歩いてやがったんだ」

 後ろにルノも居るのだが赤髪の女はパタを睨みつける様にじっと見ている。

 自身を見上げるパタの表情を見て、赤髪の女は安堵の息をついた。

「……無事ならいい。お前は初めてだ、今回は罰掃除で済ませてやる」

「ひゃ、ひゃい」

 解放されたパタ。横でルノが慌てて赤髪の女に対し弁解する。

「お、俺のミスなんだ。パタはそれを庇って……その」

 言葉を濁し、不安げにパタを見た。ルノの様子に赤髪の女が口を開こうとするが、それよりも先に後ろの衆が声を上げた。

「しっかし何事も無くて良かったぜ。ボスなんかもう半泣きで」

「黙れっ!」

 赤髪の女ことボスが包丁並みの目付きで中年男を振り向いて睨みつける。金髪の女がパタに歩み寄り草にしゃがみ込んで、被っているバンダナ越しにパタの頭に手を置く。

「仲間を庇った……えらい」

 金髪の女に頭を撫でられ、ちょっと照れてパタは俯く。その様子を眺める一同。

「……頭を撫でられる十七歳の男」

 後ろから聞こえてきた呟きにパタの顔は一瞬で赤くなった。顔を上げる。

 パタを撫で続けていた金髪の女だったが、ふと顔を上げて手を止め、不思議そうに向こうを見た。

「あの人……誰……?」

 カールした金髪を横に垂らして首を傾げる。全員の視線が007に向けられた。


 思い出したらしくパタがボスの方を振り向いた。

「あ、あの」

 何か言いたげなパタに、ボスは視線を落とす。

「何だ。言え」

「僕、今日からしばらくの間旅に出ます」

 真剣な目でパタは宣言する。ボスはパタを見たまま少しの間黙っていた。

「…………は?」

 小声で漏らし、即座に横に立っていたルノを見る。無言のまま、ルノはやや気まずそうに、だが同じく真剣な目でボスの顔を見上げている。

「世界を救いに行ってきます」

 パタははっきりとその場の全員に聞こえる声で言い、真っ直ぐとボスの目を見た。

「……いつか言い出すとは思ってたが……」

 しかしトーンが下がったボスの声に覚悟を決めてぎゅっと目を瞑り下を向く。

 腕を組み、ボスは俯いているパタをじっと見下ろした。



 ふっと諦めたようにため息をつく。

「許可する」

 え、と意外そうにパタは声を漏らしてボスを見上げた。

「掃除は免除だ。ちゃっちゃと支度してこい」

 ぽかんとしていたパタの表情は次第に緩。む。


 覚悟を込めて頷く。

 そして勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます」

 吹っ切れたかのような笑顔で顔を上げた。

 落ちかけて髪の結び目に引っ掛かったバンダナを直し、パタは小屋の後ろへ駆けて行った。立てかけてある木の板をどかし、下に隠されていた地下へ続く階段を下りる。

 パタを目で追っていたルノがボスを見上げた。

「……ボス、俺も」

「ルノ、お前も行ってこい。あいつ一人じゃ確実に迷う」

 僅かにルノの口元が緩む。ボスはズボンのポケットから小さく折りたたまれた地図を取り出し、ルノに手渡した。早々に階段を駆け上がる足音が聞こえ、替えのナイフを手にパタが地上に出てきた。

 中年男がパタの肩に手を置いた。

「お前、ボス以外の大人にも敬語使うんだぞ……?」

「わっ、分かってるよ!」

 本当か? と後方にいた数人がパタに群がる。しばらくの間ボスは眺めていた。

「お前らいい加減離れろ!」

 ボスの一喝で群衆は渋々と散る。手に握ったナイフをケースに刺し、パタは元の位置まで戻って後ろを振り向いた。

 名残惜しそうにこちらを見る人々。中年男に至っては感極まって号泣である。

「……盗賊ならぱっぱと動け」

 だがボスの呟きに、パタは片手を上げて

「行ってきます!」

 笑顔で手を振り、前を向いた。









「……パタ、方角は覚えた方が良いぞ」

 草原を歩きながら、ルノがぽつりと呟いた。

 パタは先ほどから両手で顔を覆ったまま何も言わない。

「録画も問題無しです」

 ろくが? と不思議そうにパタが手を外して007を見た。短い電子音と共に空中にスクリーンが映し出される。

『行ってきます! 』

 スクリーン上で手を振り、歩き出すパタ。

『……パタ、逆だ。そっちは北』

 だがルノの一言にえっ、と声を漏らして

「なっ、なにこれ、消してっ!」

 咄嗟に現実の方のパタがスクリーンを手で隠す。007は空中に投影していたスクリーンを消し、別の位置に映し直した。

 慌ててパタは新スクリーンへ目を移す。


 映し出されていたのは水色の半透明な世界地図。

「こちらが現在の人造魔物軍、進軍状況でございます」

007によって空中に映し出された地図には、軍の拠点が赤い点で記されている。

「……このでかいのは何だ?」

 触れようとしたルノの指が地図を貫通する。

 赤い点のうち数個はやや大きく、一つは飛びぬけて大きく記されていた。

「この印は人造魔物用の魔力を示しています。魔力量は多いほど印は大きく表示される、つまりそれらは幹部級……俗に言うボス級かと」

 となると、と少年二人は飛びぬけて大きな点を見た。話しながら三人は前方に広がる森へ踏み入る。

 隙間なく広がった木々の葉の陰で、森の中は昼間にもかかわらず薄暗い。

「……あれ」

 ふとパタは足を止め、森の中を見回した。

「この道……今朝通ったような気が」

「当たり前ですよ」

 地図を閉じ、007はスタスタと歩き出す。

「だって今朝と同じ道を歩いておりますから」

 立ち止っていたパタの体に緊張が走る。ルノの顔を確認するように見た。

「……昨日、パタがいたのが南の国だ」

 目をそらし気味に言う。パタの予想は的中であった。

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