05

 夕焼けの下、そびえたつ石造りの巨大な門。上部に取り付けられた鉄のプレートには金の文字で『南の国』と刻印されている。

 開かれた木の扉の前に並ぶ、槍を手に鎧を着た直立姿勢の四人の兵士。

 三人の旅人が門へ近づいてくる。

「待て」

 門を通ろうとした旅人達を兵士が槍で制した。胸に金のバッチがついた兵服のポケットから丸めた紙を引っ張り出し、書かれている情報と旅人の姿を見比べる。

「特に盗賊と一致する点は……ん?」

 三角巾を付けたおさげの若いメイドに目を付ける。おさげのメイドは兵士の視線を受けて、横に立つ少年の背中に隠れた。

「長い黒髪の十代後半……これは怪しいな。ちょっと」

 兵士がメイドに手を伸ばそうとする。


 だが先に、後ろに立っていた年上のメイドがおさげのメイドの腕を掴んで引いた。

「コラ、使用人如きがご主人様のお召し物に気安く触れるものではございません」

 慌てておさげのメイドは年上メイドに頭を下げる。

「す、すみません」

「謝る相手が違います。第一、貴女の外見のせいで入国が遅れて……」

 おさげメイドを責める年上のメイド。おさげのメイドは繰り返し頭を下げている。

「……も、もういい。通れ」

 とうとう兵士は槍を下ろして門の端に寄った。

「ほら、行きますよ」

 主人と呼ばれた少年の後を、年上メイドに腕を引かれながらおさげメイドは小走りでついていく。水色のメイド服のスカートが舞い上がり、門の中に消えた。

「……いちご柄」

 門の中を覗いていた兵士が呟く。






 空色の旗が立てられた広場に出店が並び、活気のある呼び込みの声が四方から聞こえてくる。掲示板の傍には大きな紅白の花が咲く低木が植えられている。

 にぎやかな広場の端で、おさげメイドは膝に手を置いてため息をついた。

「こ、怖かったあ……」

 三つ編みの先のゴムを取ろうとした手を年上メイド、007が止めた。

「この国にいる間はその恰好のままでいてください」

「えっ!?……あ」

 人ごみに紛れて広場の周囲を警戒して回る兵士達。小声で話す内容からして、その狙いは明らかに昨夜逃亡した盗賊、あと謎の脱獄犯であった。

「でも、何で色違いで二着も持ってたんだ……?」

 主人の少年、ルノが水色のメイド服を見た。

「接客やご主人様のご要望など、可愛らしさ重視の時に着る用です」

 水色のメイド服には全体的にリボンやレースなどの装飾が施されている。

「ここまでして僕が来る必要ってあったのかな……」

「何を仰いますか。世界を救うのはパタ様なのですよ?」

 おさげメイド、パタは自身の着ている水色のメイド服を見回した。三角巾として被り直されたバンダナの下で、黒髪のおさげが左右に揺れる。

「じゃあ……とりあえず、町の人に聞き込みしてみるか」

 ルノの提案にパタは頷いた。三人は出店の方へ歩いて行く。


 店頭に並ぶ鮮やかな色の果物。

「わあ、何あれ!」

 パタは籠に入った七色に光る実に駆け寄った。店番をしていた中年の女が七色の実を手に取ってパタに見せる。

「南の国特産品の魔法の実さ、綺麗な色だろう?」

 毒々しいと007が後ろの方で呟いた。聞こえていたのか中年女は笑って返す。

「安心おし、この色は天然ものだよ。どうだい一個」

「あ、じゃあ三つください」

 メイド服のポケットから財布を取り出し、金貨一枚を台に置こうとする。

「ん? まさか、そんなに高値じゃないよ。三個なら銅貨五枚で十分」

 中年女に言われ、パタは金貨をしまって代わりに銅貨五枚を取り出した。確かに、と女は銅貨五枚を受け取って七色の実を四個、紙袋に入れてパタに手渡す。

「あ、あの、一個多いです」

「お嬢ちゃんは可愛いからオマケだよ。さ、早速食べてごらん」

 中年女に礼を言って、パタは七色の実を口に入れる。実を噛むと同時に口からふわりと輝く七色の煙が漏れた。目を見開き、パタは中年女の顔を見る。

「驚いたかい? でも魔法の実の凄いところはもう一つあってね……」

 実を飲み込んだパタは、目の前で輝いている七色の自身の吐息を見つめた。

「食べた人の願いが叶っちゃうのさ」

「えっ」

 声を上げたパタの口から再び虹色の煙がふわっと漏れる。

「じゃ、じゃあ魔法が使えるようにっ」

 パタは自分の両手を見て火炎魔法を唱えてみる。中年女が笑いながら訂正する。

「迷信だよ。どちらかというと伝説だけ」

 パタの両手に青い火の玉が浮かんだ。

 ゆっくりと回転しながら、火の玉は砂漠の太陽のような熱波を放っている。



「……つ、使えた! 本当に願いが叶ったんだ!」

 満面の笑みでパタは手の中の火の玉に触れてみる。鋭い声を漏らしてパタが手を離すと両手の中の火の玉は消えた。赤く火傷のあとが残った手の平を眺め、今度は回復魔法を唱えてみる。

 魔力がパタの手を包んで、火傷は一瞬で元の肌に戻った。

「パタ、お前魔法の才能あるんじゃねえか?」

 横に立ってたルノに言われ、本当、とパタは声を上げて店番の中年女を見た。

「おばさん、ありがとうございます!」

 丁寧に頭を下げる。

「あ、ああ……気に入ってもらえて良かったよ」

 中年女はパタに笑いかけた後、首を傾げながら七色の実を手に取って眺めた。

 そうだ、と言って、歩き出しかけたパタは店の前まで戻る。

「この近くに人造魔物がいるという場所はありますか?」

 突如切り出された話題に、中年女は眉をひそめる。

「まさかお嬢ちゃん達、あの洞窟に行くつもりかい?」

「洞窟……というと」

 007が問うと、中年女は首を横に振った。

「退治の為にあの洞窟に行った兵士は、誰一人として帰って来なかったそうだよ」

 えっ、と声を漏らした二人に中年女はおどろおどろしげな声で続ける。

「恐らくは、その人造魔物に……」

 パタは短く悲鳴を上げてルノの肩にしがみついた。表情を緩めて女は謝る。

「けど、その様子じゃあ行くのはよした方が良いよ」

 これも付けたげるからと中年女はバナナを一本、パタの抱えている紙袋の中に入れた。礼を言って再度頭を下げ、旅人三人は店から離れる。



 ちらほらと星が見え始め、赤かった空は濃い青に移り変わっていく。

 出店の人ごみを抜けたところで007がパタの方を向いた。

「パタ様、もしや洞窟へ行くのが怖くなられましたか?」

 立ち止り、パタは慌てて胸の前で両手を横に振る。

「だ、大丈夫だよっ。さっ、入ろう」

 笑顔で果物の入った紙袋を片手に持ち替え、宿屋へ入る。

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