03
森の中を駆け抜けていた人影が開けた場所で止まる。
火炎魔法を唱える声と共に、辺りの暗闇は火に照らされた。
兜の青年は土の上にパタを下ろして頬をぺしぺしと叩く。
「おーい、大丈夫かー?」
口から胃液を垂らして気絶しているパタに兜の青年は大丈夫じゃないなと呟いた。後ろに立っていたメイド服の女が緑の液体が入った瓶を差し出す。
「解毒薬ですがご使用になりますか?」
「んや、大丈夫。前に爺さんに貰ったやつが……」
兜を僅かに持ち上げ、青年は中から蛍光ピンクの液体が入った試験管を取り出した。
「起きろっ!」
逆さまにして試験管をパタの口に突っ込んだ。口から蛍光ピンクの液体を噴き出してパタは勢いよく上半身を起こし、目隠しの布を取って辺りを見回す。
「なっ、何今の」
「特製解毒薬。結構前のだから賞味期限怪しいけど」
試験管を見て呟いた青年に、口元の薬を手で拭いつつパタは何か言いたげな目で兜の青年を見た。
横で見ていたルノがパタの肩に飛びつく。
「る、ルノ!? え、な、何でここに」
「城の傍にいたので連れてまいりました」
メイド服の女が解説する。驚いているパタをルノは涙の溜まった目で見上げた。
「パタ……す、すまねえ、俺のせいで、兵士に……っ」
言いながらルノは泣き出した。慌ててパタは大丈夫だよと言いつつ笑顔を作って見せる。涙を服の袖でこすり、ルノは比較的小さめな手でパタの手を握る。
「いっ、一体……な、何されたんだ……?」
ルノの問いに、パタはぼんやりと瞬きをする。
突如地面にうずくまってパタは泣き叫びだした。
「パタっ!? どっ、どうしたんだ」
ルノが呼びかけるもパタは頭を抱えて何かを拒否し続けている。狼狽し切っているルノに対し、成人二人は平然とした様子でパタを見下ろしていた。
「年下の前で泣くなよ。二歳児か」
兜の青年の言葉にパタが反応する。
「にっ、二歳じゃなくて十七だってば!」
赤くなった顔を上着の袖でこすって顔を上げる。
「ん? 他の奴にもそう言われてたのか……流石自他ともに認める二歳児」
「全然認めてないっ!」
すっかり復活したパタと兜の青年の問答にルノはほっと安堵の息をついた。メイド服の女にティッシュを差し出されて鼻をかむ。
青年に笑われて膨れていたパタだったが、ふと違和感に気が付いて顔を上げた。
「そういえば……誰?」
前方に立つ兜を被った青年と、その後ろの茂みに立っているメイド服の女を見た。
パタはルノの方を振り向くもルノも首を横に振った。戻されたパタの視線がやや不安げなものに変わる。
「あー……よし。教えてやろう」
兜の青年は腕を組んで頷いて、兜越しに少年二人を見下ろした。
四人の上空を夜行性の鳥が鳴きながら飛んでいく。
「勇者だ」
言って、青年は兜の中に手を入れて大あくびをした。ねみぃと呟いた青年を少年二人はじっと見ている。
鳥が通り過ぎたころ、パタが口を開いた。
「えっと……勇者って、あの伝説の勇者……?」
「そうだな」
平然と頷く兜の青年に再度沈黙が訪れる。
「……う、嘘だろ」
次に口を開いたのはルノだった。だが兜の青年は首を横に振る。
「嘘なもんか。つか、んな嘘つかねえし」
「だっ、だけど……ゆ、勇者は死んだって」
声を上げたパタに対し、青年は片腕を前に突き出した。
「しゃあない、なら証拠見せてやるよ」
軽く息を吸い、青年は視線を自分の腕に向けた。
瞬時に膨大な魔力が青年の腕を中心に辺りを埋め尽くす。
「なっ、なにこれっ」
パタとルノが後ずさって青年を見上げた。青年は魔力を腕に戻し、な? と言って二人を見下ろす。後ろでメイド服の女は不思議そうに青年を見ていた。
「さっきの魔力は人間の限界を優に超えている……少なからず人ではないかと」
「だろ? よく言われるんだよな、化け物とか危ない人とか」
最後のは違ったな、と補足を入れて兜の青年、改め勇者は二人に視線を戻した。不審げな目を向けているルノをそれとなく観察する。
「……ところで、そっちは誰なんだ?」
だがすぐに後ろを振り向いて、メイド服の女を見た。
「お気になさらずに。通りすがりのメイドロボです」
女はメイド服のスカートをつまんで軽く会釈する。
「いや超気になるんだけど。え、ていうかロボだったの……?」
「基本の家事機能、戦闘機能に加えナビ機能と萌え機能を搭載しております」
女が指を鳴らすと共に三つ編みになっていた銀髪がほどけて、緩いカーブのかかったストレートになる。
「萌え機能って何。……ま、まあいいか」
勇者は視線を少年二人に戻した。メイド服の女が再度指を鳴らすと髪は元の三つ編みに戻る。パタとルノはその様子を不思議そうに眺めていた。
「……あ、そうだ」
何かを思い出して勇者は拳と手の平を打ち付ける。
視線を向けた二人のうち、勇者はパタの方へ視線を向けた。
「お前……パタって言ったっけ、ちょっくら世界救って来い」
頷きかけて、パタはあれ、と呟いて考え込む。
伝説の勇者が盗賊に世界救えとか言ってきた
結わえた髪が上がるほど勢いよく顔を上げて、パタは勇者を見た。
「なっ、何で!?」
パタだけでなくルノも混乱した様子で勇者を見ていた。
勇者は腕を組み、やや上を見上げて解説を始める。
「今から約二年前……人造魔物が反乱を起こし、今人類ピンチ。以上」
勇者はパタへ視線を戻した。そういうことだと言わんばかりの勇者の目線に、パタは困惑の表情で返す。
「そっ、それなら勇者さんが行けば」
「俺用事あってな……今ちょっと手が離せないんだ」
勇者は両手を上げて横に振って見せた。そんなこと言われても、とパタは首を横に振ろうとして、横で真剣に考え込んでいるルノに気が付く。
「……パタ、行こう」
顔を上げてルノが言った。
「おっ、年下の方素質あるな……あ。でも旅が野郎だけじゃむさいよな……」
振り向いて、勇者はメイド服の女を見た。メイド服の女は親指を立てて見せる。
「では本日から世界を救うまで、パタ様とルノ様にお仕えするということで」
少年二人に頭を下げるメイド服の女。次々と話を進める三人の顔をパタは交互に見ている。女に倣ってルノは頭を下げ返した。
「何て呼べば……いいですか」
「主人がメイドに敬語を使う必要はございません。007とお呼びください」
は……と言いかけてルノはああ、と返事をする。
二人の様子を見て勇者は頷き、立ち尽くしているパタの方を見た。
「で、行ってくれるよな?」
前方の勇者、横に立つルノと007、計三名の期待に満ちた視線がパタに集中する。
「……う、うん」
そして、パタは困惑気味に頷いた。
【 第一編 やっぱ勇者向いてなかったと思う 】
朝日の差し込む森の中を喋りながら歩く三人。
その後姿を勇者は腕を組んで眺めていたが、ふと思い出して空中に浮かべていた火の玉を手でかき消した。
「……何が用事があってな、だ。暇人のくせに」
ため息をついて、腰に刺した剣に手を伸ばす。
だが手は寸前で震えだして止まった。その手で頭を抱えて、勇者は再度溜息をつく。
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