第33話 直斗の出した結論

 直斗は、すぅっと息を吸い込んで、二人に向かって頭を大きく下げて言い放つ。


「ごめん、俺は二人のこと、女の子としてもう見ることは出来ない」


 無情にも、直斗の出した結論は、妹達の気持ちに応えられないものだった。


「どうして……ですか?」


 すると、雪穂が肩を震わせて、今にも泣きそうな顔で尋ねてくる。


「この数日、いろんなことがあって、自分の胸の中に覚えた突っかかりについてずっと考えてたんだ。それで、その違和感の正体がなんなのか、やっと気づいたんだ」

「違和感、ですか?」

「あぁ……二人と一緒にお風呂に入ったり、添い寝したり、色んなスキンシップを取ってきて、男として生理的に反応しちゃったりとかもしたけど、どうしても俺の中には家族としての庇護欲というか、妹としての成長を見守っていきたいっていう感情の方がまさって先に出てくるんだ」


 それは、楓と数日会えなかった寂しさがあったからこそ気づけた感情。

 恐らく、楓が会ってくれていなかったら、今頃胸の突っかかりの正体に気づくことは出来ていなかっただろう。


「でも……」


 すると、秋穗が震える声で直斗を見つめてくる。


「でも……それは今まで一緒に暮らしてきたから当然の感情というか、当たり前のことで……それでも私たちにとっては、家族として以前に……」

「うん、二人の気持ちは十分わかってる。でも、俺は違ったんだよ。両親に連れられて、秋穗と雪穂と初めて会った時、『今日から新しい家族になるんだぞ』って親父に言われて、俺はその時からもう、二人のことを家族として認識しちゃったんだよな」


 普通なら、いきなり現れた赤の他人を家族として認識するのは時間が掛かること。

 小さかったとはいえ、どうしてそんなにすんなりと受け入れられたのか。


「多分だけど……俺は、妹が欲しかったんだと思う」

「妹が……欲しい?」

「うん……秋穗達と会う前ってさ、両親共働きでずっと家に一人だったから、孤独でずっと寂しかったんだ。母が病気で亡くなってからしばらくして、父さんは新しい母さんを連れて来た。それも、二人のとびっきり可愛い妹まで連れてね」


 そう、あの時からずっと、直斗の中で二人の存在は家族という存在にカテゴライズされてしまったのだ。


「だから、今から二人のことを改めて女の子として意識することは出来ない」


 もう一度はっきりと直斗が言い切ると、リビングが重苦しい沈黙に包まれる。

 どれくらい沈黙が続いただろうか、ふぅっとため息を吐いたのは秋穗だった。


「そっか……直斗兄からは、最初から私達は恋愛対象に入ってすらなかったってっことだね」

「あぁ、そうだ……改めて好きだって言われても、二人の好意を受け入れることは出来ない」

「あははっ……そこまではっきり言われちゃうと、ちょっとショックが大きいな」


 秋穂は無意識に頭を掻きながら、口角を上げて見せる。

 声は震えていて、明らかに無理しているのがまるわかり。

 それでも、言葉を紡ごうと必死に口を開く。


「私はね。直斗兄と最初会った時、『これから新しい家族になる』って言われて、目の前の事実を直斗兄みたいにすんなり受け入れることは出来なかった」

「まあ、それが普通だろうな」


 恐らく、秋穗の反応が一般的には当たり前だろう。

 秋穂の言っていることは何も間違いじゃない。


「私達の場合は、物心つく前から男の人かいる生活を送ったことが無かったから。いきなり新しいお父さんとお兄ちゃんが出来るって言われて、動揺したし、どう接すればいいか分からなくて戸惑った」

「うん」

「でも、そんな私と雪穂の気持ちを汲み取ってくれたように、直斗兄は私達を家族として受け入れて優しく接してくれた。そんなことされたらさ、嬉しいに決まってるじゃん。好きにならないわけがないよ……」


 そう言いながら、秋穗は目尻に溜めていた涙がダムをきるように決壊して、頬を伝って流れていく。

 すると、今度は雪穂が直斗に向かって話し出す。


「兄さん……少なくとも私たちにとって兄さんの存在は、家族であって初めて優しくしてくれた男の子なんです。だから、兄さんは私達の初恋でもあるの」

「まあ、そうだろうな」

「だから、そんな優しくしてくれる兄さんのことを好きにならないなんて方が無理なんです」


 薄々勘づいてはいたけれど、やはりそうだったのか。

 なおも、雪穂は熱い口調で直斗に訴える。


「それでも……私達の気持ち、兄さんは受け入れられないんですね?」


 懇願するような雪穂の潤んだ瞳。

 可愛い妹からのお願い。

 一瞬、お願いされていることが心地よくて決心が揺らぎそうになる。

 けれど、心を鬼にして、直斗は無言のまま首を縦に振って頷いた。


「少なくとも、今は二人に俺の方から恋心を抱くことはないよ。もちろん、これからもしかしたらあるのかもしれないけど……二人に淡い期待を持たせるより、しっかりと自分の気持ちを伝えて終わらせた方がいいと思ったんだ」


 例え、今まで築き上げてきた関係性が壊れることになろうとも、この気持ちの相違を一致させるのは不可能だから。

 二人は顔を俯きがちに、肩を震わせて鼻をすすっている。

 机の上にポタポタと水滴がしたたり落ちていた。

 二人の長年培ってきた感情が、悲しみと共に崩れ落ちていくのがわかる。

 心苦しいけれど、これは直斗と二人の生い立ちから生まれてしまった捉え方の不一致なのだ。

 妥協することも、嘘を吐くことも出来ない。


「まあだから、俺が何を言いたかったかって言うと。二人には傲慢ごうまんなお願いになっちゃうけど、これからも兄妹として仲良くしてくれたらうれしいですってことです……」


 今までのようにいかなくても、せめて今まで積み上げてきた時間というものは変わらない。

 なら、これから新たな兄妹としての関係性を作りあげていきたい。

 それが、直斗の希望だった。

 もちろん、二人にはしばらく心の整理が必要であることも重々承知している。

 それでも、三人で前を向いて仲良し兄妹として歩んでいきたい。

 直斗の望みは、それだけだった。


「ホント、兄さんはズルいです」


 涙を流しながらも、雪穂が直斗を見つめて笑みを浮かべる。


「そんなこと言われたら、『うん』って言うしかないじゃん」


 秋穂もまた、涙を流しながらも、無理矢理笑顔を作ってくれた。

 そんな二人の気持ちを受け取って、直斗は感極まってしまう。

 必死に唇を引き結び、ぐっと込み上げてくるものをこらえて、言うべき言葉を二人につぶやく。


「二人とも、ありがとう……」


 直斗は感謝の気持ちを込めて、頭を大きく下げた。

 二人の長年培ってきた初恋は、はかなく終わりを告げてしまった。

 彼女達の気持ちに応えることが出来ないことを、申し訳なく思う。

 だからこそ、これからも兄妹として、彼女たちの近くで成長を見守っていきたい。

 本当の兄妹になれる日を夢に見て……。

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