第31話 決意の朝

 朝食時は、妹達は何も言ってくることなく無言で食べ続けていた。


「ごちそうさま……」


 直斗が気まずそうに手を合わせてから、食器を片付けるために席を立とうとすると――


「直斗兄」


 不意に、秋穗が直斗を呼び止めてきた。


「ん、どうした?」


 恐る恐る尋ねると、秋穗は即座に頭を下げてくる。


「昨日は調子に乗ってごめんなさい! 直斗兄が楓さんとなんかあったんじゃないかって思ったら、居てもたってもいられなくなって暴走しちゃいました」

「わ、私も……ごめんなさい。秋穗に言われて気が動転して……兄さんに嫌な思いをさせてしまいました」


 秋穂に続き、雪穂も申し訳なさそうに頭を下げて、直斗へ謝罪の意を述べてくる。

 それに対して、直斗は優しい頬笑みを浮かべて手を横に振った。


「いいよ。昨日は俺も二人を心配させるくらい浮かれてたのは事実だし。俺の方こそ、二人に迷惑かけてごめんな」

「い、いえっ……兄さんが謝ることでは……」

「その代わりと言っちゃなんだけど、今日の夜って二人とも時間あるか? ちょっと大事な話がしたいんだけど」


 直斗がそう切り出すと、二人も直斗の意志を感じ取ったのだろう。

 コクリと無言で頷いた。


「ありがとう。それじゃあ、また夜に色々と話そう」


 話は終わりだというように直斗は立ち上がり、食器をまとめてキッチンの流しへと向かう。


「雪穂、悪いけど、皿洗いよろしく頼むな」

「は、はいっ!」


 雪穂にそう一言述べてから、直斗は身支度を整えるため、自室へと戻るのであった。

 今日の夜、妹たちに何を語るのか。既に直斗の中で答えは出ている。

 後は、二人をどう説得するか。どう納得させるかだけである。

 決心が鈍る前に、直斗は身支度をささっと整え、大学へと出かけるのだった。




 大学へ到着して、一限の授業教室へ向かうと、まだ教室内には二、三人ほどの生徒しかおらず、閑散とした空気がただよっていた。

 直斗はいつも座っている教室中央付近の席へと座り、これから来るであろう時念と友美の分の席も確保しておいてあげる。

 席に着いた直斗は、今日の夜に向けて、自分の頭の中で出した結論を文字に起こすことにした。

 可視化かしかすることにより、余計な感情が割り込んできたとしても、それに流されぬようにしておくためだ。

 また決心が揺らいでしまえば、妹達や楓にも迷惑を掛けることになる。

 思考を紙に書き終え、ふと周囲へ意識を向けると、いつの間にか教室内は喧噪けんそうつつまれていた。

 どうやら、相当没頭して書き込んでいたらしい。

 すると、不意に横から視線を感じる。

 顔を上げれば、そこには金髪ヘアをなびかせたクラスメイトの時念が、直斗の紙に書いていた文字を興味深そうに覗き込んでいた。

 直斗は咄嗟とっさに紙を手で隠す。


「なっ……何勝手に見てんだよ時念! いたなら声くらいかけてくれよ」


 直斗が恥ずかしそうに言うと、時念は顔色一つ変えることなく、真面目な顔で丸めていた腰を伸ばした。


「いやっ……お前も随分と色んなことで悩んでたんだなと思ってな」

「わ、悪いかよ……」

「んなこと言ってねぇよ。ただ、自分のことしか考えられないで、友人の悩みに一つも気づけなかった自分が情けねぇだけだ」


 そう言いながら、直斗の座る席の後ろを通って、内側の席に座る時念。


「んでよ、本当なのかそれ?」


 椅子に座ると、時念は確認の意を込めるようにして尋ねてくる。


「まあな……」

「そか」


 時念は、素っ気ない声でそう答えるだけ。

 しばらく、二人の間に何とも言えぬ沈黙が続く。

 すると、時念は深いため息を吐いてから、顔をこちらへと向けてきた。


「まっ……通りでお前が妹を紹介してくれないわけだ。そう言うことだったんだな」

「悪いな。俺もずっと隠してて」

「仕方ねぇだろ。仮に俺がお前の立場だったら、相談しづらいに決まってるからな」

「……時念」

「まっ……俺に出来ることなんてあんましないだろうから、気休めにしかならねぇけどよ。もっと妹ちゃん達の気持ち、本人から直接聞いた方がいいんじゃねぇの?」

「えっ……」


 それは、時念らしくないアドバイスで、思わず直斗は呆気に取られてしまう。


「何だよ。変なこと言ったか俺?」

「いやっ……時念にしてはまともな意見だったから」

「ひでぇな。確かに俺は、女をとっかえひっかえしてるクズだけど。相手の気持ちくらいはちゃんと考えてるっつーの」


 心外だったのか、時念は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな顔を浮かべる。

 それがまたおかしくて、直斗はくすりと笑ってしまう。


「んだよ……」

「いやっ……何でもない。ありがとうな時念」

「おうよ」


 直斗から素直に感謝の言葉を言われたのが恥ずかしかったのか、時念はぼそりと返事を返すだけで、頬杖をついて前を向いてしまう。


「そうだよな……何でも一人で決めるような問題じゃないもんな」


 友人からもらったアドバイスにより、凝り固まっていた思考を多角的に見れるようになった気がする。

 もう少し、今日妹達と話す内容について練り直そうとしたところで、再び隣に人の気配を感じた。

 見れば、そこにはやつれた表情でこちらをじとっと見つめるもう一人の友人の姿が……


「びっくりしたぁ……!」


 その闇のオーラ全開な友美の姿を見た途端、直斗は思わずビクっと身体を震わせて、身を引いてしまう。


「お“ばよ”……」

「声までガビガビじゃねーか……何があったんだよ……」

「ちょっと今は言いたくない」


 ふらついた足取りで、直斗が座る椅子の後ろを通り抜け、時念と直斗の間の席に座り込む友美。

 完全に、戦意焼失したボクサーのように、椅子に腰かけてノックダウン状態。

 そんな友美の様子を見て、頬杖をついたまま時念が友美の方へ視線を向けた。


「はぁ……まーた男に騙されたんだろ、お前」

「うん……」


 時念が指摘すると、コクリと力なく頷く友美。

 どうやら、先日言っていたバイトの先輩に、何か酷いことでもされてしまったらしい。

 絶望感オーラ丸出しの友美を見ていると、何だか直斗が悩んでいることがちっぽけなことに見えてきてしまうから不思議である。

 結局この後直斗と時念は、友美とバイト先の先輩との間に起こった残念な出来事について、同情しながら話を聞いてあげるのであった。

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