第30話 夢でも現実でも

「直斗~直斗~」

「んんっ……」


 微かに、どこからか楓の声が聞こえてきたような気がした。


「もう……仕方ないんだから……」


 幻聴かと思い、直斗は無視して再び眠りへつこうとしたら、隣に寝転がってくる人の気配を感じて……


「ふぅぅ~~っ」

「んんっ……」


 直後、耳に心地よいぞくぞくとする吐息が吹きかけられた。

 直斗はその心地よさに目を覚まして、重いまぶたを開く。

 視界に映ったのは、にこりと微笑むいとしの彼女。


「おはよう直斗」

「おはよう、楓」


 お互いの息がかかりそうな距離でじっと見つめ合い、おはようの挨拶を交わす二人。


「朝ごはん出来たよ。今日も朝から授業でしょ?」

「うん……でも、楓ともう少しこうしてたい」


 そんなわがままを言いながら、直斗は腕を楓の背中へと回して抱きついた。


「こーらっ、ちゃんと起きなさい」

「楓がご褒美くれたら、起きられるかも」

「もう……いつからこんなわがままな甘えん坊さんになっちゃったのかしら」


 呆れ交じりのため息を吐きながらも、楓は直斗の肩へと手を置いて、顔を近付けてくる。

 そして、直斗の顔へと唇を近付けていき――


「ふぅ~~~っ!」


 っと、唇同士が触れ合う直前で楓は顔を直斗の耳元へとスライドさせて、耳穴目掛けて盛大に吐息を吹きかけてきた。


「うっ……」


 突然の不意打ちの耳フーに、身悶みもだえるように腕に力を入れて、楓を強く抱きしめてしまう直斗。

 その反応が面白かったのか、楓はさらに耳元でささやいてくる。


「ほーんと、直斗って耳弱いよね。そんな反応されたら、いじめ甲斐があって、何度もしてあげたくなっちゃうじゃない」


 楓はそう言って、今度は反対側の耳へ吐息を吹きかけてくる。


「んんっ……はぁ……っ」

「ふふっ……もう、可愛い反応しちゃって……どれだけ私を悶えさせたら気が済むの?」


 すると、楓は耳元へさらに口を近付けて息を吸い込んだかと思うと、そのまま息を吹きかけずにらしてくる。


「うぅ……」

「ん、どうしたの?」


 くすくすと笑いながら尋ねてくる楓。

 直斗の心境を分かっているくせに聞いてくるところは、楓のSっぷりが窺える。


「そんなに焦らさないで、もっと激しく息吹きかけてよ……」


 我慢ならない直斗は、すぐさまして欲しいことを要求する。


「ふふっ……もう素直になっちゃって、ほんとに可愛いんだから」


 楓は再び目一杯息を吸い込むと、直斗の期待に応えるようにして――


「ふぅぅぅぅぅぅ~~~~っっ!!!!」


 っと、今日最大の耳フーをかましてくる。


「あぁっ……」


 今日一番の刺激に、直斗の身体はさらに身悶える。

 そして、色々と我慢出来なくなってしまった直斗は、勢いそのままに楓を引き寄せて、力任せに抱きしめる。


「ふふっ……そんなに力いっぱい抱きつかなくても、どこにも行かないよ」


 そんな楓の声も聞く耳を持たず、直斗はただただ楓と身体を密着させる。


「楓……好きだ」

「うん、私もだよ」


 お互いに至近距離で見つめ合うと、どちらからとでもなく、そのままゆっくりと唇を近付けて行って、そのまま――


 ドン、ドン、ドンッ!


 いい雰囲気を邪魔するようにして、凄まじい衝撃音が鳴り響く。

 そこで、直斗はバっと目を開けた。

 眼下に現れたのは、見慣れてきた自室の天井。

 隣を見ても、先ほどまで温もりを感じていた愛しの彼女は見受けられない。

 どうやら、直斗は夢を見ていたようだ。


「はぁ……どんだけ影響されてるんだ俺は」


 楓から昨日電話越しでしてもらったご奉仕が相当良かったのだろう。

 電話越しではなく直接耳フーしてもらうという、なんとも素晴らしい夢を見てしまうほどに、直斗は気に入ってしまったらしい。


「兄さん朝ですよ、起きてください」


 すると、ドア越しから、夢うつつな幻想を打ち破るようにして、雪穂からのモーニングコールを受ける。


「おはよう……」

「朝食出来たので、顔洗って着替えたら来てくださいね」

「はいよー」


 直斗が返事を返すと、雪穂がリビングへと遠ざかっていく足音が聞こえた。

 ほっと胸を撫で下ろす直斗。

 昨日、楓とする前に、鍵を閉めておくよう忠告されたのが功を奏した。

 今の直斗は、下半身をフルオープンさせた露出狂状態。

 こんな痴態を妹に見られたら、もうお嫁に行けなくなっちゃうからね。


「んんっ……」


 すると、枕元に置いてあったスマートフォンから、悩ましい声が聞こえてきた。

 直斗は首を回して、スマートフォン越しに彼女へ声を掛ける。


「おはよう楓……朝だぞ」

『んーっ……おはよう直斗……』


 まだ眠いのか、欠伸交じりに挨拶を交わしてくる楓。

 電話を繋いだまま寝落ちしていたので、通話時間は八時間を超えていた。


「俺は朝から授業あるから、そろそろ起きるけど、楓も遅刻しない程度に起きるんだぞ」

『うん……起きた』

「いや、絶対寝転がってるだろ」

『えへへっ……バレちゃった』

「バレバレだっつーの」


 なんとも微笑ましい朝のやり取り。

 こうして電話越しで楓と一緒に朝を迎えることも、なんだか新鮮な気がする。


『……はぁ……直斗とイチャイチャしたい』


 唐突に、楓がそんなことをぼやき始める。


「昨日の夜散々イチャっただろ」

『そうだけど……やっぱり電話越しだと寂しいよ。直斗の温もりが欲しい』


 まだ寝起きで頭が回っていないからだろう。

 楓がそんな嬉しいことを口にしてくれる。


「そうだね。俺も楓の温もりが恋しいよ」

『……えへへっ、おんなじこと考えてる』

「そうだな」


 そんな他愛のない会話でも、朝から楓の声を聞けて幸せな気分になってしまうのだから、恋って本当に単純で恐ろしい。


「うしっ……それじゃあ俺は起きるから、通話切るね」

『うん、分かった……』


 少し悲しそうな声を出しつつも、渋々と言った感じで納得する楓。

 遅刻するわけにはいかないので、こればかりは仕方がない。

 甘やかしてあげたいという気持ちをぐっと堪えて、直斗はベッドから起き上がる。


「それじゃあ、またね」

『あー……直斗。ちょっと待って』

「ん、何?」


 直斗が電話越しに問いかけるも、楓の方からはしばらく無言のまま沈黙が続く。

 どうしたのだろうか? 

 もしかして、呼び止めておいてまた二度寝してしまったのだろうかと考えてた時だった。


『ふぅ~~~~っっっ! いってらっしゃい、貴方。チュッ』


 耳フーからの新妻プレイにリップ音の三連コンボを交わして、楓は恥ずかしそうに笑いながら通話を切ってしまう。

 楓のなんとも可愛らしい行動に、直斗は心が幸せいっぱいに包まれる。

 今日はこれだけで一日が乗り越えられそうだ。

 朝から気分は最高潮。

 ふとそこで、自身の下半身を見つめれば、コイツも嬉しかったのか元気におはようございますしていた。


「これじゃ、いくらご奉仕してもらってもし足りないな」


 そんなことを思いつつも、自制心じせいしんおさえて、直斗はズボンを履く。

 彼女の献身さと健気さに浮かれつつ、直斗はリビングへと向かうのであった。

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