第29話 イチャイチャバイノーラル

 部屋で着替えを終えて、直斗はすぐさま楓にSOSの電話をかける。


『もしもし直斗、どうしたの?』


 数回コールが鳴った後、電話越しからいとしの楓の声が聞こえてくる。


「もしもし、楓か! 助けてくれぇ……」

『どうしたの、そんな泣きそうな声して……?』


 半分泣きたい気分であったものの、直斗は家に帰ってから起こった出来事を、事細かに楓へ説明する。


『なるほどねぇー。妹ちゃん達も、随分直斗に積極的だねぇ』

「そんな他人事ひとごとみたいに言わないでくれよ……」

『だって、私がいくら手助けしたとしても、結局は直斗次第だし』


 楓の言う通りである。

 いくら彼女に助けを求めようとも、妹達がお風呂でスキンシップを取ってくることに対して、直斗が好きなのか嫌いなのか感じ取るのは、直斗の気持ち次第。


「でも、折角楓と久しぶりにイチャイチャ出来て嬉しかったのが台無しだよ……」


 楓とイチャイチャ出来て幸せだった頭も、一気に現実問題へと引き戻された気分で納得がいっていないのだ。


『もしかして、もう私に甘えたいとか言わないでしょうね?』


 その楓の口調には、あんに我慢しなさいと言うような意図が内包されているように聞こえた。

 だから直斗は、あえて聞き返してしまう。


「もしそうだって言ったら、どうしてくれるの?」

『それはまあ、ご想像にお任せしますよ?』


 からかうように言ってくる楓。

 さらにもったいぶられると、どうしてもその先を聞きたくなってしまうのが男のさがというもの。


「そうなんだよ。楓成分が足りなさ過ぎて、甘えたくて仕方がないんだ」


 落ち込んだ様子で直斗が声を発すると、電話越しから呆れ交じりのため息が聞こえてくる。


『全くもう……』


 幻滅されてしまっただろうか?

 そんな心配を直斗はしてしまうが、すぐさま杞憂きゆうに終わる。


『仕方ないなぁ……それじゃあ、今日は特別サービスね』


 そう言って、楓は息を吸ったかと思うと、電話越しから聞こえてきたのは――


『ふぅぅぅ~~~っ!』


 楓の甘い吐息の音だった。

 俗にいう、バイノーラル音という奴である。

 唇のリップ音まで鮮明に聞こえて来るその生々しさが逆に新鮮で、思わず耳元がぞくっとしてしまう。

 まるで、本当に楓が隣にいて、直斗の耳へ息を吹きかけてきているみたいだ。


『ふふっ……どう? ぞくっとしたでしょ?』


 直斗の心情を見透かしたように尋ねてくる楓。

 もちろん、好きな女の子にこんな刺激的なことをされて、ぞくっとしないわけがない。


「べ、別に⁉ 全然平気ですけど⁉」


 だけど、直斗にも男としてのプライドというものがある。

 すぐに負けを認めたくなくて、変な意地を張ってしまう。


『なら、もっと凄いの……イクよ?』


 すると、楓がふくみのある声でそう言って、再び息を大きく吸い込む音が電話越しから聞こえてきて……。


『レロッ……』

「⁉」


 さらに吐息を吹きかけられるのかと思いきや、直斗の遥か斜め上を行く不意打ちともいえる音が聞こえてきた。

 これぞまさに、楓の耳舐めASMR。

 直斗の鼓膜に突き刺さり、身体全体をぞくぞくと刺激してくる。


「うっ……」


 その生々しくてぞくぞくとする感覚に、直斗は思わず声を上げてしまう。


『ふふっ……感じてる、感じてる』

「か、からかうのもいい加減に――」

『ふぅぅぅ~~っ』

「くぅっ……」


 ダメだ。

 楓に吐息を吹きかけられるたびに、全身がぞくぞくとした感覚に襲われて悶絶もんぜつしてしまう。

 これぞまさに悪魔。

 悪魔的所業すぎて、直斗には刺激が強すぎる。


『ふふっ……どうする? 直斗がもっとして欲しいなら、もっともーっと、凄いことも出来るけど』

「もっと、凄いこと……?」


 おうむ返しに聞き返して、直斗はごくりと生唾を呑み込んでしまう。

 その続きを聞いてしまったら、いけないような気がした。


『ふふっ……今、変なこと考えてたでしょ』


 直斗の思考を見透かしたように、くすりと笑い声をあげる楓。

 そりゃ、耳フー、耳舐め以上に凄いことって言ったら……それ以上のピンク的なことを考えてしまうのは仕方がないこと。

 考えるなという方が無理である。


『いいよ、変なこと考えて。だって……せ・い・か・い、なんだから♪』


 直斗は唖然として息を呑んでしまい、言葉が出て来ない。

 それを感じ取ったのか、楓はさらに甘美かんびな声でささやきながら言葉を続ける。


『最近、そういうこともご無沙汰で、直斗に我慢させちゃってたから。電話越しだけど、直斗のこと、今日は特別にご奉仕してあ・げ・る』


 そんなことを言われてしまえば後の祭り。

 直斗の身体は、主に下腹部のあたりが猛烈に熱を帯び、思考は全て楓一色に支配される。


『それじゃ……妹ちゃん達にバレないように、部屋にカギ閉めて、エッチなこと、しようか♪』


 楓に指示された通り、部屋に鍵を閉めて、妹達が侵入してくるのを防ぐ。

 そして、直斗はそのままベッドの上へと上がり、仰向けに寝転がった。


『準備出来た?』

「う、うん……」

『緊張しなくていいよ。今日は私がたっぷり、直斗のこと癒してあげるからね』


 こうして、楓の合図とともに始まった電話越しでのご奉仕は、最高以外のなにものでもなかった。

 結局、それから楓も興奮してしまったらしく、お互いにお互いを求めるようにして、その日は電話越しで盛り上がってしまう二人。

 二人して事を済ませ、お互いに達成感と安堵感と幸福感を感じつつ、その日は電話を繋いだまま寝落ちしてしまった。

 こうして新たな性癖に目覚めてしまった直斗と楓。

 直接会えないかわりに、寂しさを満たすにはいい手段ではあったけど、快感と刺激がヤバすぎて、毎日したいくらいに沼にはまってしまいそうだったので、しばらく電話でこういうことをするのは控えようとも思うのであった。

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