第27話 浮かれる直斗
雪穂は二人の帰りを待っていた。
兄さんはサークル活動を終えたら、秋穗は部活が終わり次第帰ってくる予定になっている。
煮込み終えたビーフシチューはコンロに置かれた鍋に作り置き済み。
雪穂は二人の帰りを待つ間、時間を
すると、玄関の扉ががちゃりと開く音が聞こえてくる。
「ただいまー!」
廊下の方から響いてきたのは兄さんの声。
雪穂はテレビの電源を落として、ソファから立ち上がると、駆け足で兄さんを出迎えに行く。
「おかえりなさい兄さん」
「おう、ただいま雪穂。今日もお疲れ様!」
帰ってきた兄さんは、明らかにテンションが高かった。
まさに有頂天という感じで……。
「兄さん。何かいいことでもありましたか?」
だから、雪穂は何かあったのかと思い、自然と尋ねてしまう。
「んん? そう見えるか?」
兄さんは口元を緩ませたままニコニコ顔で聞き返してくる。
「はい……凄く顔がニコニコです」
「あははっ……まあな」
兄さんがこんなに上機嫌なのは、都内で一緒に暮らし始めてから初めてだ。
「夕食作って待っててくれたところ悪いんだけど、汗かいちゃったから、先に風呂入ってくるな!」
「は、はい……分かりました」
兄さんは靴を脱ぎ終えると、雪穂の隣を通り抜けて、一旦自室へと鼻歌を歌いながら入っていく。
そしてすぐに部屋着を持って出て来たかと思うと、雪穂の存在など気にする様子もなく、浮かれた様子で脱衣所へと入って行ってしまう。
「……」
兄さんの浮かれ様を見て、目が点になってしまう雪穂。
すると、後ろから玄関の扉が開く音が聞こえて――
「ただいまー」
と、秋穗の声が聞こえてくる。
雪穂はすぐさまくるりと振り返って、秋穗へ笑みを浮かべた。
「おかえり秋穗」
「ただいま雪穂。って、どうしたの、そんなところで突っ立って?」
廊下で立ち尽くしていた雪穂が変だったのか、頭にはてなマークを浮かべながら首を傾げる秋穗。
「あっ、ううん。何でもない! すぐに今ご飯用意するね」
「あっ、私シャワー先に入る」
「お風呂なら、今兄さんが入ってるよ」
「直斗兄先に帰ってきたんだ」
「うん、なんか異様に上機嫌で帰ってきたよ……」
そう言いながら、雪穂はお風呂場の方を見つめる。
「ひゃっふー!」
すると、お風呂場の方から
秋穗も驚いた様子で雪穂の方へと近づいてきて、風呂場を覗き込む。
「ホント、凄いハイテンション。直斗兄どうしちゃったの?」
「分からない。でも、帰ってきてからずっと心ここにあらずって感じで浮かれてて……何かいいことでもあったのかな?」
「うーん……」
すると、秋穗は眉根を
そして、はっと何か閃いたのかと思えば、青ざめた表情を浮かべた。
「もしかしたら……楓さんと何かいいことでもあったのかも」
「いいこと……?」
「そりゃもちろん……」
秋穂が雪穂に耳打ちをすると、雪穂の顔は真っ赤に茹で上がる。
「なっ……なななな、そんなこと……⁉」
秋穂から聞かされた言葉は、雪穂の想像をはるかに超えるエッチなこと。
これを聞いた雪穂は、おろおろと動揺してしまう。
「ど、どどどうしよう⁉」
慌てる雪穂をなだめるようにして、秋穗が雪穂の肩へぽんっと手を置く。
「大丈夫、ここは任せて雪穂。こうなったら、アノ作戦で行くしかないよ!」
「あの作戦……って?」
「もし直斗兄に何かあったなら、その記憶を私達で塗り替えちゃえばいいんだよ」
「でも、どうしたら……」
混乱する雪穂をよそに、秋穗はにやりといやらしい笑みを浮かべる。
「そんなの……決まってるでしょ?」
そう言いながら、秋穗は自身の袖をぱたぱたとさせる。
雪穂はようやくそこで、秋穗の意図を理解した。
つまり、それしか方法はないということ。
コクリと頷き合った二人は、意を決して、脱衣所へと向かっていく。
今回は心の準備がない分緊張と恥ずかしさはあるものの、もうあれこれ言っている場合ではない。一刻を争うのだ。
待っててくださいね兄さん。
今から私達が、最高のおもてなしをしてあげますからね!
◇◇◇◇
直斗は風呂に入ってから髪の毛をシャンプーで洗い、シャワーのお湯で洗い流している間も、ずっと上機嫌で鼻歌を歌い続けていた。
そりゃもう、直斗の気分は有頂天。
距離を置かれていた楓とようやく会えたのだから、嬉しい以外の言葉はない。
直斗が楓の前で情けない泣き顔を見せてしまっても、楓はドン引きする様子もなく、ずっと親身に寄り添ってくれていた。
それだけでも嬉しかったのだが、そこからさらに嬉しい出来事があったのだ。
直斗が落ち着いたころ、楓から『こっち』と手を引かれて向かったのは、ロビーから少し離れたオープンスペースの長椅子。
夜ということもあり、照明は消えていて、窓から月明かりが差し込んでくるのと、自動販売機の明かりが照らすだけの薄暗いスペース。
そこへ楓が腰掛けると、楓は自身の太ももをトントンと叩いて――
「おいで」
と、直斗を誘ってきた。
直斗は誘われるがままに、椅子に腰を下ろしてから身体を横に倒して、頭を楓の太ももの上に乗せる。
直後、楓はにっこりと微笑みながら、直斗の頭を優しく撫でてきてくれた。
久しぶりの膝枕であり、二人だけのイチャイチャ空間。
邪魔をするものは誰もいない。
「なんだか、こうしてあげるのも久しぶりだね」
「うん……ホントだね」
「やっぱり直斗を膝枕してあげると落ち着くなぁ……」
「俺も」
「ふふっ……」
おかしそうに笑いながら、楓は顔を直斗の元へと近づけてきて――
「またしたくなったら、いつでも言ってきていいからね」
っと、耳元で魅惑的な言葉をささやいてきた。
それはもう、直斗にとってはご褒美以外のなにものでもなく……。
「うん。また我慢できなくなったら、お願いします」
と、素直に答えてしまう。
「ふふっ……ったく、しょうがないんだから」
呆れたように言いつつも、楓は頭を撫でるのを止めることなく、愛おしそうに直斗を見つめながら、至福の時を共有するかのように、甘い時間を過ごさせてくれた。
「うぅぅーっ、ひゃっふー!!!!」
身体を洗い終えた直斗は、星をゲットした配管工のおじさんの喜び具合で、湯船へと飛び込み入水。
大きな水しぶきと共に浴槽からお湯が溢れ出てしまうけど、そんなの今の直斗にはどうでもいい。
今の直斗は、幸せの幸福感に満たされているのだから。
髪の毛を掻き上げて、足を伸ばして浴槽に浸かる。
まだ夢うつつなぽわぽわとした頭で、お風呂の天井を眺めながら、楓と過ごしたイチャイチャ膝枕タイムを思い出しては顔が勝手にニヤついてしまう。
「えへへっ……」
けれど、好きな女の子からあんなに尽くされてしまったら、浮かれてしまうのも仕方がないこと。
身も心も湯船の心地よい温かさと楓の温もりで蕩けかけていた時だった。
ガチャリと浴槽の扉が無造作に開かれたのは。
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