第26話 楓との再会&楓の策略

 直斗は授業を受け終えて、サークルの活動場所である近くの地区センターへと向かった。


「お疲れ様です」

「おっす直斗!」


 先に来ていた同じサークルのメンバー達と合流して、更衣室でスポーツウェアへと着替える。

 サークルのメンバーと世間話をしながら、地区センター内の体育館へと足を踏み入れた。

 辺りを見渡せば、サークルのメンバーたちが各々仲のいいメンツで集まり、地べたに座り込みながら談笑している。

 その一角、体育館の入り口から一番遠い資材倉庫の扉近くに、楓の姿はあった。

 艶やかな黒髪をポニーテールに結び、紺色のウェアを身に着けている。

 その姿はとても凛々しく、体育館にいる誰よりも輝いて見えた。

 せいぜい三日程度、顔を会わせず連絡を取らなかっただけなのに、楓の姿を見たのが随分と遠い昔のように感じてしまう。

 それほどに、直斗の中で、楓成分が不足してるのだ。

 すぐにでも楓の元へと駆け寄り、話をしたかったけれど、元々サークル内でそれぞれ付き合いもあり、あまり声を掛け合うような関係じゃないので、行こうにも行けず、それがさらにもどかしい。

 はやる気持ちを抑えながら、直斗は持参したバスケットシューズを履き終えて、軽い準備運動を始める。

 その間も、気になってちらちらと楓の方を見てしまう。

 しかし、楓の方は直斗がいることなど気にめる様子もなく、サークル仲間と雑談を楽しんでいる。

 今までなら、全くこんな感情が湧くことなかったのに、今はその仲良く話しているサークルメンバーに完全に嫉妬している自分がいた。


「よっしゃ。試合始めるぞー」


 部長からの掛け声がかかり、遊び感覚のゲーム形式での試合がスタートする。

 チーム分けでも残念ながら、楓と同じチームになることは出来なかった。

 それからも、特に楓と目が合ったり、にこりと笑みを交わすことすらもなく、刻々と時間だけが過ぎていった。


 サークル活動を終えて、更衣室で私服へと着替え終えた直斗は、楓と話せなかった辛さから既にメンタルが壊滅寸前。

 立ち上がっても、フラフラで歩くのもやっとという状態まで追い込まれていた。

 うぅぅ……楓があんな近くにいるのに一言も話せないなんて……。

 これじゃあただの生殺しだぁ!

 一人薄暗い廊下を歩きながら、直斗はもどかしい気持ちを抑えるようにして頭をくしゃくしゃと掻く。

 ……早く結論を出そう。

 というか、もうこれだけ心がやられているのだ。

 答えはもう出ているようなもの。

 とっとと妹たちに付き合えないと宣言して、あの幸せだった楓との日々を取り戻そう。

 そうでもしないと、直斗のメンタルが持たない。

 ほぼ無気力状態で一人ふらふらと地区センターの出口へと差し掛かった時、入り口付近にある柱から、ひょっこり人影が直斗の目の前に現れた。

 その人物を見上げて、直斗は思わずほうけてしまう。

 艶やかな黒髪が月明かりに照らされて光り輝くその姿は幻想的で、まるで月より舞い降りた女神のようだった。

 そんな彼女へ、直斗はやっとの思いで声を発する。


「楓……」

「どうしたの直斗。随分とげっそりした表情して。今日のサークル活動そんなに疲れた?」


 三日ぶりに再会したというのに、楓はいつもと変わらぬ様子で首を傾げながら、そんなことを尋ねてくる。

 しかし、直斗はもう我慢できなかった。


「楓えぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 男のプライドなどもうない。

 直斗は半泣き状態で、楓に近づいて行って、ばっと抱きついた。

 そんな直斗を、楓は優しく迎え入れてくれる。



「よしよーし……会えなくて寂しかったね」

「うん……っ!」

「あははっ……ちょっと直斗に無理させすぎちゃったみたいだね。ごめんね」


 謝りながらも楓は、直斗の頭を優しく撫でてくれる。

 直斗の身体全身に楓の温もり、息遣い、香り……すべてが伝わってきて、今までの陰鬱いんうつな気分が晴れやかなものへと変わっていく。

 もうこの瞬間だけでも、死ねると思ってしまうほどに、幸せいっぱいだった。





 楓は家に帰宅して、すぐさま脱衣所で着ていた服を脱ぎ捨てて、持っていたスポーツウェアと一緒に洗濯機へとぶち込んだ。

 そして、そのまま風呂へと向かい、シャワーを浴びる。

 身体を洗い終えて湯船に浸かった瞬間、溜め込んでいた想いを爆発させたように悶絶してしまう。


「はぁぁぁっっ!!!!!」


 バタバタと足をばたつかせ、湯船が波立つ。


「なにあの可愛さ、反則級でしょ!」


 なおも興奮収まらぬ楓は、キャッキャッキャッキャと湯船の中で暴れる。

 すると、つるっとお尻がすべり、全身が湯船の中へと浸かってしまう。


「ぷはぁ……げほっ、げほっ……」


 水が肺に入ってしまい、せき込んでしまう楓。

 まだ喉に違和感は残っているけど、冷静さを取り戻した楓は足を伸ばして湯船に浸かり直す。


「ふふっ……たった三日間でも相当な成果ね」


 自分の考えた予想が的確過ぎて、思わず口角が上がってしまう。

 直斗と交わした約束。

 楓はあえて直斗との距離を置くことで、恋の駆け引きをしていたのだ。

 直斗の気持ちが本物であれば、楓への気持ちが膨らんでいくのは明白。

 もしここで、直斗が妹達になびいていたとしたら、楓への愛はその程度だったということ。

 しかし、直斗は三日間会えないだけでも強烈な寂しさを覚えて、我慢できないと言った様子で抱きついてきてくれた。

 つまりそれは、楓ちゃん大勝利と言っても過言ではない結果。

 距離を置いたことにより、直斗の心をゆるぎないものに変えて、楓の存在をより絶対的な物にする。

 その術中じゅっちゅうに、見事はまってくれたわけだ。


「ふぅ……さすがにそろそろ、少しは連絡くらいしてあげてもいいかな」


 約束してしまった手前、また以前のようにイチャつきまくるのも良くないだろう。

 けれど、これ以上直斗を突き放し過ぎてしまえば、今度はその寂しさをまぎらわすために妹ちゃん達に癒してもらう方向へ気持ちが向いちゃうからね。

 重要なのはタイミングと塩梅あんばい

 これをうまく利用すれば、直斗の楓への気持ちはさらに肥大化して……。


「はぁ……直斗。私はずっと一緒だからね!」


 そう言いながら、直斗をきしめた感触を思い出すようにして自分の身体を抱く。

 水面下で行われている妹達と楓による戦争は、楓優勢の状態で進んでいるのであった。

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