第25話 妹達の言い争い

 ピピピ……ピピピ……。

 スマートフォンの目覚ましが部屋に鳴り響き、目が覚めて思考が現実へと戻される。

 目覚ましのアラームを止めるため、左手を上げようとしたら、まるで金縛りにあったように動かすことが出来ない。

 そして何故か全身に熱がこもっていて、暑苦しさを感じる。


「うぅぅ……目覚ましうるさい……」


 すると、直斗の左隣から、秋穗とは別の眠そうな声が聞こえてくる。

 彼女はぐいっと腕を伸ばして、スマートフォンのタイマーを止めると、すぐにまた直斗の胸元へ頭を置いて二度寝を始めてしまう。

 そこで、直斗は今置かれている状況を把握する。

 直斗の右腕に抱きついている秋穗は、心地良さそうにすやすやと寝息を立てて眠っており、何故か左隣には先ほど目覚ましを止めてくれた雪穂がベッタリとくっついて添い寝していた。


「雪穂さーん。なんで俺のベッドにいるんですかー?」

「んんっ? えへへっ……」

「笑って誤魔化してもダメだぞー」


 直斗が左腕を揺らすと、雪穂が唇を尖らせながら顔を上げる。


「おはようございます兄さん。これはどういうことですか? ちょっと目を離した隙に秋穗と同衾どうきんなんてずるいですよ。私とも添い寝くらいしてくれたっていいじゃないですか。兄さんは水臭みずくさいです」

「いやいや、水臭いも何も、そもそもどうして雪穂が俺のベッドに忍び込んでるんだよ?」

「だって、夜中にお手洗いに起きたら、秋穗が部屋にいなかったので兄さんの部屋を覗いてみたら……二人が一緒に寝てたんですもん」


 雪穂は直斗の右隣で呑気に眠っている秋穗を羨ましそう目で見つめながら、頬をぷくりと膨らませている。


「それで、羨ましくなって雪穂も俺と添い寝するためにベッドに忍び込んだと?」

「まあ……そういうことです」


 雪穂は項垂れながらも、こくりと頷いて白状する


「そ、それにですっ、私だけ添い寝出来ないなんて不公平だと思いませんか?」

「いや、不公平ではないぞ。雪穂には昨日、朝食の時に沢山スキンシップ取っただろ」

「あーんと添い寝じゃ、サービスのレベルが違います!」


 そんな不満を垂らすように文句を言ってくる雪穂。

 どうやら、秋穗と雪穂の対応の差に納得がいっていない様子。


「仕方がなかったんだよ。俺はバイトで夜遅いし、秋穗は部活で朝も早くて夜も帰りが遅い。必然的に秋穗にしてあげられることは限られてくるんだから」

「だからって……添い寝はズルいです」

「えぇ……」


 雪穂はもう、私情を挟んだクレーマーと化している。


「とにかく、添い寝するなら私も参加します!」


 ビシッと直斗に人差し指を向け、雪穂は宣言する。

 そこでようやく、隣で眠っていた秋穗が目を覚ました。


「んん……直斗兄おはよう……」


 秋穂はまだ夢うつつという感じで、目を擦りながら眠たそうな顔を浮かべている。


「ほら秋穗。早く起きないと朝練遅刻するよ。それと、兄さんから早く離れなさい」

「ふぁーい……って、どうして雪穂がここに⁉」


 ようやく目を覚ました秋穗が驚いた様子で目を見開く。


「はいはい、その話も起きてから! だから、とっとと兄さんから離れる」

「嫌だー! 今日は出かけるまで直斗兄とベッタリしたいー!」

「わがまま言わないの! 兄さんが困ってるでしょ」


 直斗のベッドの上で、朝っぱらから繰り広げられる姉妹の言い争い。

 というか、雪穂に関してはさっきまで直斗に対してもの凄いわがままを言っていた気がするけど……。

 そんなこんなで、直斗に対する愛が重い姉妹達。

 楓以前に、この二人で直斗を取り合っている様子じゃ、色々と収拾させるのも面倒だなと思ってしまう直斗であった。


 二人の言い争いを収めた後、三人で朝食を取り、大学へ向かう秋穗と雪穂をそれぞれ見送って。今は家で一人、各部屋に掃除機をかけながら午後の授業までの時間を家事に費やしていた。

 結局、朝食も雪穂がまた『あーん』をしてきて、それを見た秋穗が負けじと参戦。

 再び兄を賭けた姉妹の争いが始まってしまい、直斗が場を収集するという慌ただしい時間を過ごした。


「慕ってくれてるのは嬉しいんだけど……もうちょっと歯止めを効かせた方がいいかなぁ……」


 リビングに掃除機をかけながら、ついそんな独り言を漏らしてしまう。

 実家で暮らしていた時は、適度な距離感を保ちつつ、兄妹関係を築いていたはずなのに……。

 まあ、二人を女の子として見ると言った手前、訂正は出来ないのだけれど、もう少し二人には慎みというものを持ってほしい。

 掃除機をかけ終えて、洗濯物をハンガーへ干した後、直斗は今日の準備を進めた。

 今日は、サークル活動があるため、直斗はスポーツウェアをリュックの中へと入れる。

 そこでふと思いつく。


「楓は果たしてサークルにも参加しないのだろうか?」


 直斗と楓は同じサークルに所属する先輩と後輩。

 二人で交わした約束を完璧に守ろうとするのなら、直斗が結論を出すまでサークルにも顔を出さなくなる可能性も考えられる。


「はぁっ……一目ひとめでいいから、楓の顔が見たいなぁー」


 そんな淡い期待を願いつつ、直斗は身支度を整えて、大学へと向かうのであった。

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