第23話 会えない寂しさ

 授業を受け終えて、時念と友美と別れた後、直斗は無意識に図書館へ足を向けていた。

 ICチップの入った学生証を入り口でかざし、図書館内へと入室、左手にある階段を上り二階へと上がる。

 閲覧スペースの奥、柱の後ろにある人目に付かないような壁際のテーブルの椅子に、いつものように座りながら勉強している彼女の姿はなかった。


「あっ……そっか」


 そこでようやく、直斗は気づき独り言を呟いてしまう。

 楓と約束したのだ。

 直斗の結論が出るまで、二人きりでは合わないと……。

 ここにきて、今までの日常を失ってしまった事に対する空虚感のようなものを感じてしまった。


「どうしよう……」


 付き合い始めてから今日こんにちまで、空き時間はここでずっと楓と一緒に過ごしてきたからこそ、このぽっかりと空いた隙間時間をどう過ごそうか、直斗は悩んでしまう。

 手持ち無沙汰ではあったけれど、直斗はなんとなく、いつも二人で過ごしていた席へと着席した。

 ふぅっと息を吐いて、周りを見渡す。

 ちらほらと見える他の学生は、熱心に研究論文を読み込みながらレポートを作成していたり、ただ単に単行本を読んでいる者、スマホをボチボチと弄って時間を持て余している人など、各々それぞれの時間を過ごしている。

 直斗もその人たちと同じように、スマホゲームをしながら怠惰な暇つぶしをすることにした。

 ふとスマホゲームを落として、トップ画面へ戻って時間が目に入る。

 時刻は昼の十二時を回ろうとしていた。


「とりあえず、やることもないし……昼飯でも食いに行くか」


 そう言って立ち上がり、一人食堂に向かって歩き出す。

 改めて、いつも隣に一緒にいた楓の偉大さを実感するとともに、彼女と今まで当たり前に過ごしてきた日々が直斗自身にとってどれだけ幸せだったのかを痛烈に思い知らされる。

 哀愁あいしゅう漂う直斗の足取りは、まさに自身の心にぽっかりと空いた穴を象徴しているかのようだった。


「お疲れ様でした」


 アルバイトを終えて、店長に挨拶を交わした後、直斗は駅へと向かい、丁度ホームにやってきた電車に乗り込んだ。

 電車のドアに寄りかかり、ぼんやりと外の流れていく景色を眺める。

 結局、楓と会うことなかったなぁ……。

 そんなことを思いつつ、ポケットからスマホを取り出して、メッセージが届いていないか確認する。

 何度見返しても、楓からのメッセージは来ていない。

 こんなにも楓に会えないことが直斗にとって辛くて苦しいことだとは、自分でも驚きだ。

 仕事が忙しい時でも、今までなら連絡を返してくれていた。

 正直、こうも徹底的に避けられると、突き放されたような感じがして、メンタルの落ち込み具合が尋常じゃない。

 楓は約束を交わした以上、徹底的に守る節があるので、彼女から個人的に会いに来てくれたり、連絡をしてくることはないのだろう。

 まるで、飼い主の帰りを待つ犬のように、悲しい気持ちに苛まれる。

 楓に会うためにも、直斗は妹達の気持ちに向き合わなければならない。

 落ち込んでいちゃダメだ。

 楓が信じて待ってくれているのだから。

 そう自身を奮起させて、決意を新たに家へ帰宅する直斗。


「ただいまー」

「あっ、おかえり直斗兄」


 直斗が家へと帰宅すると、丁度廊下で手に歯ブラシを持った秋穗と遭遇する。


「おう、秋穗ただいま。秋穗は明日も朝練か?」

「そうなんだよー……入学したてなのにいきなりビシバシ練習だよ。全然ゆったり出来ない」


 そんな不満を漏らしながら、秋穗は歯ブラシを口にくわえる。

 靴を脱ぎ終えた直斗は、そのまま廊下を歩いて秋穗の前まで向かう。


「努力するのも素晴らしいことだけど、無理だけはしなくていいからな。もし何かあったら、いつでも相談乗るから何でも言ってくれ」


 そう言って、秋穗のオレンジ色の髪を上に優しく手を置いて、ポンポンと頭を撫でてあげる。


「あ、あひはと……」


 歯ブラシを咥えているので、聞き取りずらかったものの、秋穗が頬を赤く染めて照れてるのを見たら、お礼を言われていることだけは分かった。


「それじゃ、明日も頑張ってね。お休み」


 秋穗の頭から手を離して、自室へと戻る直斗。

 直斗が部屋に戻る際、秋穗は少し寂しそうなつぶらな瞳を向けてきている気がした。

 それでも、直斗は秋穗の方を振り返えることはしない。

 妹と向き合うとは言ったものの、楓の寂しさをめるためのはけ口にしてはならないと思ったから。

 そう直斗は心を鬼にして、部屋の扉を閉めた。

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