第22話 他人より自分

 身支度を整えた直斗は、一限いちげんの授業にに合うようにいえを出た。

 結局、雪穂に何度もあーんをしてもらいながら、二人きりで甘々な朝食の時間を過ごした。

 正直、我ながら浮かれていると思う。

 けれど、かわいい妹だから仕方がない。

 とはいえ、授業を休むわけにはいかないので、名残惜しさを感じながらも大学へと来たわけだが……。

 直斗は授業教室内で呆然と立ち尽くしてしまう。

 その原因は、机の上に行儀悪く座る友人の奥梨時念おくなしじねんにある。

 この前までの爽やかな黒髪はどこへやら。

 以前と同じ金髪へと逆戻り。

 白黒のストライプシャツにジャケットを羽織り、首元には黄金に輝くネックレスを着けていた。

 サークル友達との会話を終えると、時念はそのままくるりと身体をこちらへと向け、手を上げてくる。


「よっす、直斗」

「時念……お前、イメチェンしたんじゃなかったのかよ」

「あーっ、なんか、あの格好で会いに行ったら『思ってたのと違う』って言われたから、自分らしくいようと思い直してすぐ辞めた」

「相変わらず切り替わりが早いなお前は……」

「知ってるか直斗、ようは柔軟性が大事なんだよ。相手に合わせることも大切だけど、自分のアイデンティティを見失っちゃいけぇねんだ」

「いや、それくらい分かってたよ⁉」


 人にはイメージというのがあるからね!


「まあ俺もこうしてまた一つ失敗から学んだってことさ」

「お前のそのポジティブシンキングだけはホント尊敬するわ」


 こうして失敗したことを後悔するわけでもなく一つの人生経験だととらえられるところ、そこだけは直斗にはない部分である。


「だろ? だから、その尊敬を評して、是非俺にお前の妹を――」

「それとこれは別問題だ」

「ちぇ、相変わらず連れねぇな」


 時念はつまらなさそうに唇を尖らせて、机から立ち上がる。

 確かに柔軟性は大切だと思うけど、女をひょいひょいと取り替える時念に妹を紹介するわけにはいかない。

 それに……妹達が好意を寄せているのは、何を隠そう直斗なのである。

 例え時念に今妹達を紹介したところで、彼女たちが時念になびくことも全くないだろう。

 自分が家では妹達とイチャついてしまっているという劣等感もあり、申し訳ない気持ちになりながら、直斗は時念が取っておいてくれた席へと着く。

 筆記用具を取り出しながら、講義の準備を進めていると、いつも通り開始時間ギリギリで、女友達の大原友美おおはらともみが駆け込んでくる。


「セーフッ!」


 すっと直斗の隣に着席する友美は、荒い呼吸を整えるようにしてふぅっと大きく息を吐いた。


「おはよう友美。今日も寝坊か?」

「違うっての。うちが毎日寝坊してると思ったら大間違い!」


 少し拗ねた様子で言いながら、失った水分を取り戻すようにバッグの中から取り出したお茶をゴクゴクと飲み干す。

 息を整えると、友美は辺りを確認してから、直斗の元へ顔を近付けてくる。


「昨日な。バイト終わりにバイト先の先輩から家にさそわれたんよ」

「えっ……それってもしかして、男?」

「そうそう」


 大層嬉しそうに頬を緩めてにやけている友美。

 その表情からして、その後の展開は大体察した。


「つまり、朝帰りってことだな」

「まあ、そういうこと」


 自慢するようにむんっと胸を張る友美。


「ほう……友美が朝帰りなぁ……」

「なんや時念。文句あるか?」


 目を細める時念に対して、じろりと時念を睨み返す友美。


「いや、随分と物好きな男もいるんだなと思っただけだ」

「んなっ……ひっど⁉ ねぇ今の聞いた直斗、コイツ酷くない⁉」


 憤慨ふんがいした友美が直斗に同意を求めてくる。


「あぁ……そうだな」


 直斗は苦い笑みを浮かべつつ、友美に同調しておく。


「ほら、直斗もそう思うってよ!」

「バーカ。お前に合わせて言ってやってるだけだ。直斗、現実をビシっと突きつけてやれ」


 そう言いながら、目配せしてくる時念。


「直斗、そんなことないよね?」


 同調を求めてくる友美と。現実を教えてやれと豪語する時念のあいだに板挟みになる直斗。


「ま。まあ……人それぞれ好みがあるから」


 直斗はお茶を濁すように無難な返答をして本音の言及を避けた。


「そうだよね、人それぞれ好みってのがあるもんな」

「ちぇ、つまんねーの」


 それぞれ反応は違えど、何とか場を穏便に済ませることが出来た。

 まあ確かに、家でゲーム廃人と化している友美に男が出来るとは予想外だったけれど、外面は仮面をかぶろうと思えばいくらでもやれるからな……。

 正直、二人の色恋沙汰に対する感想は、『どうぞご勝手に』だ。

 身内や直斗に何か影響が関わらない限りという限定付きだが……。

 というか、直斗は今自分の彼女と妹達のことで精一杯。

 友達とはいえ、恋路に何か言及できる立場ではなかった。

 むしろ逆に、今のこの状況を相談したいくらいである。

 けれど、今回に関しては自分で解決しなければならない問題であることは明白。

 分かっているからこそ、二人に相談は出来ない。

 だから直斗は、普段通り三人と他愛のない話をしながら、変哲のない日常を過ごしていくのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る