第二章

第21話 雪穂と二人きりの朝食

 秋穗と雪穂を女の子として見ると決意した翌朝。


「おはようー」

「おはようございますっ! 兄さん!」


 大きな欠伸をしながら直斗がリビングへ顔を出すと、キッチンの方からエプロン姿の雪穂が元気な声を上げながら、ぎゅっと飛びついてきた。


「うぉっと……!」


 一瞬よろけそうになるが何とか態勢を整え、直斗は雪穂を抱きとめた。


「おはよう雪穂」

「はいっ、おはようございます兄さん!」


 パッと花咲く笑顔を向けて再度挨拶をしてくる雪穂。

 その甘えるような姿は天使でしかない。

 雪穂は直斗の背中にぎゅっと手を回したまま、顔を直斗の胸元辺りにうずめて、すりすりと頬ずりをしてくる。


「はぁ……朝から兄さんとこうして二人っきりでイチャイチャできるなんて、夢のようです」


 夢見心地な様子でうっとりとした表情を浮かべる雪穂。


「いきなり吹っ切れたな雪穂は」

「だって、女の子として見てくれるなんて兄さんから言われたんですよ? 今まで出来なかったあんなことやこんなことを合法的ごうほうてきに出来ちゃうんですから、そりゃ吹っ切れなきゃ損ですよ!」

「それはいいんだけど、節度は最低限守ってくれよ?」


 万が一知り合いに見られた暁には、からぬ噂をたてられるのは明白。


「安心してください」


 すると、雪穂はにっこりとした笑みを浮かべながら、顔を直斗の耳元へと近づけて――


「こうして兄さんに甘えるのは、


 と言って、優しい吐息を吹きかけるような声で囁いてきた。


「お、おう……ならいいんだけど……」


 その反則的な雪穂の可愛らしい攻撃に、直斗はくらくらとしてしまいそうだ。

 雪穂の魔性から逃げるようにリビングを見渡すと、もう一人の当事者がいないことに気が付く。


「あれっ、秋穗はどうした?」

「秋穗なら、部活の朝練で早朝に家を出て行きました」

「そっか。やっぱりスポーツ推薦組は大変なんだなぁ……」


 改めて、秋穗の凄さを実感して尊敬する。

 直斗がもし同じ立場だったら、絶対に出来ないと思う。


「だから、今日は朝から二人っきりですよ。兄さん♪」


 雪穂は弾むような声でさらに抱きつく力を強めてくっついてくる。

 当人は、直斗と朝からイチャイチャする気満々らしい。


「その……お手柔らかにね?」

「はいっ!」


 返事だけはきりっとしているものの、直斗は雪穂が何か変なことを企んでいるのではないかと不安になるのであった。


「お待たせしました!」


 直斗の座ったテーブルの前に、雪穂特製の朝食が置かれる。


「おぉ……今日は随分と豪勢だなぁ」

「はいっ! 兄さんのために、腕によりをかけて作りました」


 雪穂の言う通り、直斗の前に並べられたのは、ザ・和風の朝食。

 メインの焼き鮭を囲うようにして、白米にワカメと玉ねぎの味噌汁。大豆と人参の入ったひじきの漬物にきゅうりの浅漬けというラインナップだ。

 早速直斗は手を合わせて「いただきます」と挨拶をして、箸を手に持ち、雪穂特製の朝食へ手を付ける。

 まず最初は、メインの焼き鮭から一口。


「うん……美味い」

「兄さんのお口にあってよかった……」


 ほっと一安心という様子で、雪穂は胸を撫で下ろす。

 雪穂の料理は何が出てきても美味しいので、そんな心配する必要はない気がするけど……。

 まあ、雪穂にも雪穂なりの心配事があるのだろう。

 そんなことを思いつつ、直斗が朝食を食べ進めていると、雪穂がしゅるりと水玉模様のエプロンを外し……なぜか直斗の隣の椅子へと腰かけてきた。


「ん……どうした雪穂?」

「ちょっと待っててくださいね」


 そう言うと、雪穂は隣に置かれていた菜箸さいばしを手に持ち、そのまま焼き鮭の身をほぐして一口サイズにカットすると、それを直斗の口元へと近づけてきた。


「はい、兄さん。あーんっ」

「えっ⁉」


 思わぬ雪穂の行動に目を丸くしてしまう。


「だから、あーんですよ兄さん」

「いやいや、普通に自分で食べられるから」

「むぅ……」


 直斗が拒もうとすると、雪穂が唇を尖らせてむすっとした顔をする。

 その膨れっ面がまた可愛らしくて、キュンっとしてしまいそうだ。


「これくらいしてくれたっていいじゃないですか。菜箸で掴むの大変なんですから、早く食べてください」


 そう言って半ば強引に、直斗の口元へ鮭の身を押し付けてくる雪穂。

 仕方がないので、直斗は口を開け、パクっと雪穂がほぐしてくれた鮭の身を口に含む。

 もぐもぐと咀嚼していると、雪穂が上目遣うわめづかいで直斗を覗き込んでくる。


「どうですか?」


 ごくりと飲み込んでから、直斗は視線をそらしつつ答える。


「うん、普通に雪穂の手料理だから美味しいぞ」

「そういうことじゃなくて……はぁ、もういいです」


 呆れた様子でため息を吐いて拗ねてしまう雪穂。

 もちろん、他に直斗が言う言葉があったのは分かっている。

 けれど、言えるわけがなかった。


 こんな可愛い妹に、あーんをされるなんて、嬉しいに決まってるじゃないか!

 照れくさすぎて直接言えるわけがない。

 正直、鮭の味なんて全く分からなかったし……。

 直斗は視線をそらして、適当に誤魔化すことしか出来なかった。

 

 そしてこの時直斗は、自然と楓にあーんしてもらった時とを頭の中で比較してしまう。

 楓に初めてあーんをしてもらった時は、最高に気持ちがたかぶり、有頂天になったのをよく覚えている。

 けれど、今雪穂にあーんしてもらった時はどうだっただろうか?

 昂るというよりは、緊張や恥ずかしさの方が先に出たような気がする。

 この心情は果たして、直斗が雪穂に対してどういった感情を抱いているから湧き起こる気持ちなのか、結局考えても、頭の中で結論は出なかった。

 というかそれ以前に、こんな妹とイチャイチャしているのをもし誰かに目撃されたら、殺されてしまうのではないだろうか?

 それほどに、直斗が妹達を女の子として意識するというのは、リスキーであるということを、改めて実感するのであった。

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