第18話 大人な楓

 翌朝、楓を含む四人でテーブルを囲んで朝食を取っていた。

 ちらりと向かいに座る姉妹を見れば、じとーっといぶかしむような視線を向けてきている。

『昨日、あれから何もしてないよね?』というような無言の圧を感じつつ、何とか味噌汁を喉に通していく。

 そんな二人の視線はつゆ知らず、楓はマイペースに朝食にありついていた。


「んんっー! このダシ巻き玉子美味しい! どっちが作ったの?」

「私です」

「雪穂ちゃんが作ったんだ! 凄いね!」


 感嘆の声を漏らして、楓はダシ巻き卵に舌鼓を打つ。


「にしても、こんなに毎日おいしいご飯が食べられるなんて、直斗は幸せ者だね」

「まあな」


 雪穂の料理はどれも一級品でバラエティー豊富なので、飽きることがない。


「これは将来雪穂ちゃん、いいお嫁さんになるねぇー」

「ど、どうも……」


 楓がしみじみそういうものの、雪穂は素直に褒められたことを受け入れられない様子。

 表情は喜んでいるどころか、遠回しに嫌みだと感じているのかもしれない。


「ふぅ……ごちそうさまでした」


 こうして、朝食を食べ終えた直斗と楓は、一限の授業へ出席するため、手早く準備を済ませて家を出た。

 最寄駅から朝の通勤ラッシュっただ中の満員電車に乗り込み、ドアと椅子の間のスペースを確保して、楓を背中でカバーしてあげる。


「妹ちゃん達。相当直斗のこと好きなんだね」


 すると、唐突に楓がそんなことをつぶやいた。


「まあ、そうみたいだな」


 昨日、楓が風呂にいっているあいだに聞かされた妹達の心の内。

 だからこそ、ここで否定は出来なかった。


「直斗は、妹ちゃん達のこと、どう思ってるの?」

「どうって……そりゃ、家族として可愛くて優秀な妹だと――」

「そういうことじゃなくて。妹ちゃん達のこと、女の子としてはどう見てるのかってこと」

「はっ⁉」


 楓の口から放たれた言葉を聞いて、思わず大きな声を上げてしまう。

 周りからのえたような視線を感じて、直斗は一つ咳ばらいをしてから、小声で楓に語り掛ける。


「女の子としてとか、そんなの……あるわけないだろ……」

「別に嘘つかなくていいよ。なんとなく察しは付いてるから」


 楓はまるで、全てを理解してるように優しい瞳を向けてくる。


「昨日、お風呂から戻ってきてからずっと、何か考え込んでて様子おかしかったよ。これは私の予想だけど、妹ちゃん達に告白でもされたんじゃないの?」

「そ、それは……」


 楓の言う通り、ほぼ告白まがいのようなことを雪穂に言われてしまった。

 だから、なんと返したらいいか分からず、言葉に詰まってしまう。

 すると、ふぅっと息をいて楓が優しく微笑む


「私は別に怒ってるわけでも、嫉妬してるわけでもないの。ただ、妹ちゃん達の気持ちにしっかり向き合ってあげて欲しいだけ。もし私が妹ちゃん達の立場だったら、自分の気持ちを受け取って欲しいと思うから」


 冷静な口調で、楓はさらに言葉を続ける。


「それでもし直斗の気持ちが妹ちゃん達に傾いても構わないと思ってる。それは私に魅力が足りなかったってことだから。もちろん、最後に私を選んでくれたら嬉しいなって思ってる。だからね、妹ちゃん達の気持ちに、しっかり向き合ってあげて」


 真剣な眼差しで訴えてくる楓。

 その言葉を聞いて、直斗ははぁっとため息を吐いてしまう。


「ホント、楓にはかなわねぇや」


 自分が不利になっているのを分かっていながらも、妹の気持ちをおもんばかって客観的に物事を達観たっかんしている。

 正直に言ってしまえば、馬鹿げたことをしていると思う。

 だって、付き合っている彼氏に向かって、他の女の好意にしっかり向き合えと言っているのだから。

 楓にとってメリットはまるでない。

 ある意味自殺行為だ。

 それでも楓は、直斗が納得する答えを出すまで待ってくれると言っている。

 なら、直斗がすべきことは一つしかない。


「分かった。妹達の気持ちにきちんと向き合って、結論を出すよ」

「うん、それでこそ私の彼氏だね」


 そう言う楓の表情は、どこか誇らしげだ。

 一つしか年は違わないはずなのに、楓の考え方は大人すぎて、なんだか自分がまだまだ未熟な子供に思えてしまう。

 それほどに、直斗と楓の一年という月日には、大きな差があるように感じた。

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