第17話 異性としての意識

「兄さん。今お時間ありますか?」


 ドア越しから聞こえてきたのは雪穂の声。


「あぁ、空いてるから入ってきていいぞ」


 起き上がるのが面倒だったので、直斗は雪穂にそう言って、部屋に入るのを許可した。

 すると、ドンっという騒音と共に扉が無造作に開かれる。

 その振動と音に驚き、直斗はビクっと身体を起こした。

 視線を向ければ、雪穂が手を横に広げて部屋前に立っている。

 後ろには苦い顔をした秋穗も直斗を見つめていた


「雪穂。そんな大きなおと立てたらダメだろ。近所迷惑だ」


 直斗が雪穂をたしなめる。

 しかし、雪穂は謝ることもせずにずかずかと部屋の中に無言で入ってきて、直斗の座るベッドへと近づいてきた。


「兄さん!」


 そして、ベッドの縁をドンっと両手で叩くと、鋭い目で直斗を睨み付けてくる。


「はっ、はい……」


 雪穂の威勢に気圧けおされて、思わず身体を引いてしまう。


「私、昨日言いましたよね? 彼女さんに頼り過ぎだって」

「確かに、言ったね……」

「忠告したというのに、早速次の日から彼女を家に連れて来るとはどういう神経してるんですか!」

「ち、違うんだ雪穂。これには色々と深い訳が……」

「言い訳無用! 兄さんはもう少し気遣いというのを覚えるべきです! 私たちが今どんな心境で楓さんを家に迎えているか分かっているんですか⁉」

「えぇっと……それは申し訳ないとは思ってるんだけど……」

「けど……?」


 言い訳は許さないという圧。

 ひしひしと感じる雪穂の強い意志。

 直斗は落ち着くように一息ついてから、雪穂の方へと身体を向けて頭を下げた。


「雪穂たちの気持ちを考えずに、楓を勝手にいえに上げてしまって申し訳ない」

「はぁ……本当ですよまったく」

「で、でも聞いてくれ。これにはちゃんと理由があるんだ」

「まあ、どうせしょうもない理由でしょうけど、一応聞きましょう」


 雪穂の態度は完全に直斗を見切っている。

 しかし、こっちだって弁明の余地があるはずだ。


「昨日、雪穂たちが突然裸で風呂に入ってきただろ? それで、二人にお見苦しいものを見せちゃったわけで……」

「そ、それと楓さんに何の関係があるんですか⁉」


 少々頬を染めながらも、仁王立ちして腕組みをしながら、詰問してくる雪穂。


「それでまあ、勘違いだったら申し訳ないんだけど、二人が俺のソレを見た時に、凄いもの欲しそうな目をしてたのが怖くて……」

「こ、怖がらなくたっていいじゃないですか……!」

「いやいや、だって昨日の二人、まるでサキュバスかの如く狙いを定めて今にも襲ってきそうな勢いだったじゃねぇか!」

「なっ……そ、それは……」


 どんどんと言葉の怒気が弱まっていき、萎縮していく雪穂。


「それで、二人の目的がわからなくて、昨日はずっと怯えて寝れなくて……。それを相談したら、楓が護衛として泊まりに来てくれるっていうから頼んだだけで……」


 妹達にその気がなかったとしても、もう成人しているのだ。

 何か間違いが起こってしまってからでは遅いのである。


「そう言うことだったかぁー。多分私、あれから結構直斗兄のアレガン見してたかも」


 部屋の入り口で話を聞いていた秋穗がアハハっと乾いた声で笑う。

 秋穗から視線を感じていたのは事実だったようだ。

 まあ、直斗からしたら笑い事ではないけれど……。

 秋穗の言葉で冷静さを取り戻した雪穂がコホンと咳払いをする。


「まっ、まあ確かに……改めて落ち着いて考えてみれば、昨日は兄さんと一緒に暮らせるという高揚感に任せて、かなり非常識な行動に出たと思っています。それは私達も謝らなければなりません」


 雪穂は意外にも素直に、昨日の自分たちの非を認めた。

 その上で、潤んだ瞳を向けながら、直斗を見つめてくる。


「でも、兄さんは本当に私達の目的がわからないんですか?」

「えっ……?」

「逆に兄さんはあの時、私達を見て、何とも思わなかったのですか?」

「そ、それは……」


 改めて、昨日の出来事を思い出す。

 雪穂のすべすべとした白い肌に華奢な身体。

 秋穗の豊満な胸元やムチっとした太もも。

 あの時の直斗は、少なくとも義妹姉妹のことを、異性として意識してしまったのだろう。

 それが理解できてしまうからこそ、直斗は言葉に詰まってしまった。

 雪穂は何か期待するような目で、直斗をじっと見据えてくる。

 後ろに立っている秋穗も、固唾を飲んで直斗の返答を待っていた。


「えぇっと……それは……そのぉ……」

「お風呂ありがとうーって、何やってるの?」


 すると、も言えぬタイミングで、楓が風呂から上がり、戻ってきたところだった。

 なんとも気まずい空気感が室内をつつみ込む。


「いいえ、なんでもありません。ただ、ちょっと兄さんとお話ししていただけです」

「そうなの?」


 楓は確かめるように直斗を見つめてくる。


「あ、あぁ、そうなんだよ! 色々とな!」

「ふぅーん……そっか」


 そう言って、楓は納得した様子で頷く。


「では、私達は部屋に戻りますので、失礼します」


 律儀にお辞儀をして、雪穂は部屋から出て行き、楓とすれ違う。


「それじゃあ直斗兄。おやすみー」


 秋穗もニコっと笑みを浮かべて手を振りながら、雪穂に続いて部屋に戻っていった。

 妹達が部屋に戻ったところで、楓が後ろ手で部屋の扉を閉め、直斗の元へと近寄ってくる。


「大丈夫だった? 何か、妹ちゃん達に変なことされなかった?」


 楓は心配した様子で直斗の様子をうかがう。


「う、うん。大丈夫だよ、楓が思っているようなことは何もされてないから」

「なら良かった……。ごめんね、私がお風呂に入っている間に」

「平気だよ……楓も心配してくれてありがとうな」


 そう言って楓の頭を優しく撫でてやると、楓は猫のようにスリスリと直斗の肩に顔を置いてきた。

 しばらく楓を堪能してから手を離すと、直斗はふぅっと一息ついて立ち上がる。


「それじゃ、俺も風呂にぱぱっと入ってくるから、ちょっと待ってて」

「うん、分かった。いってらっしゃい」


 タンスから寝間着を取り出し、直斗は部屋を出て、脱衣所へと向かっていく。

 その間も、雪穂から言われた言葉が脳裏によぎる。

 直斗の彼女は楓なのは間違いない。

 一番愛していると豪語できる。

 にもかかわらず、妹達の裸体を見た時、胸の鼓動が高鳴り、妙なざわつきを覚えてしまったのはなぜだろう。

 もちろん、妹達の成長を間近で目撃して、驚いたこともあるのだろう。

 少なくともあの時、直斗は彼女達を異性として意識してしていた。

 それは認めよう。

ただ、あれは一時的な認識の歪みであり、流されてしまっただけ。

しかし、それだけでは直斗は腑に落ちなかった。

 もしかして直斗は、妹であるはずの彼女達に、普段から何か別の感情を無意識に抱いてしまっているのだろうか?

 その疑念の答えを出すには、少し直斗の中で心の整理をする必要があった。

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