第13話 お泊り決定……?

 講義を終えた直斗は、時念たちと別れて、大学の図書室を訪れていた。

 ICチップの搭載された学生証を入り口でかざしてから、図書館へと入る。

 階段を上り、二階の閲覧室の奥。

 人気ひとけのない机に、いつもと変わらぬ様子で彼女は座っており、真剣な様子で机に置いてある本のようなものを読み込んでいる。

 直斗が楓の元へと近づいてくと、足音で気が付いたのか、楓が顔を上げた。


「おはよう直斗。授業お疲れ様」

「お疲れ。楓の方の授業は?」

「今日は一限いちげんだけで終わり。今は今日の台本のチェックしてた」


 そう言いながら、手に持っていた冊子の表紙を見せてくれる。

 楓が今度ゲスト出演する、ドラマのタイトルが書かれていた。


「新学期早々、楓も忙しいんだな」

「まあ、芸能界に新学期もないからね」

「確かに、それはそうか。ホント、楓は頑張り屋さんだね」

「当たり前でしょ。……これでも、一応女優なんだから」


 少しねたような口調で唇を尖らせる楓。

 そうなんだよな。

 楓って世間一般で言えば芸能人なんだよな……。

 自分の彼女がテレビに出てると思うと、なんか不思議な感覚というか、変な感じだ。

 裏を返せば、楓はどこか芸能人らしくないというか、自然身が溢れていて、全く気取っていないともいえる。

 本当は人を自然ときつけるようなオーラが芸能人には必要なのかもしれないけれど、今の親しみやすい楓の方が直斗は好きだ。


「うん、分かってるよ。だから、俺はそんな今の楓が好きだし。活動もちゃんと応援してる」


 直斗が今思っていることを口にすると、楓は嬉しそうに口元を緩ませた。


「分かればいいのよ。もう……」


 心なしか、頬が赤い。

 どうやら気を良くしてくれたらしい。

 楓のご機嫌が直ったところで、直斗は楓の向かい側に腰掛ける。

 疲れがたまっていたせいか、無意識にふぅっとため息を吐いてしまう。


「……どうしたの直斗? ため息なんかついて。それに、なんだかいつもより疲れてるように見えるけど?」


 流石の洞察力どうさつりょくと言ったところか。

 楓は直斗の異変をすぐに見抜いたようで、心配した様子で見つめてくる。

 直斗はこの悩みを、楓に打ち明けるかどうか考えた。

 もし言ってしまえば、彼女が傷つくかもしれない。

 けれど、正直直斗一人で抱え込むのは難しい。

 それに、せっかく彼女である楓が心配してくれているんだ。

 たとえそれが彼女を傷つけることになるとしても、直斗は昨日起きた出来事を全て自白じはくしようと決意する。


「実は、昨日……」


 直斗は新居へ引っ越した後に起こったとんでもない出来事を、楓に事細かに説明していった。

 妹達から楓に頼り過ぎだと指摘されて、これからは妹達が直斗を癒してあげると言ってくれたこと。

 そしたら、お風呂に入ってきて、異様なまでのスキンシップを取ってきた挙句、男の生理現象を起こしてしまい、それを妹達に見られてしまったこと。

 さらに妹達が直斗のアレを狙うような目で見てきたことを細々とした声で話した。


「まあそんな感じで、家に帰るのがちょっと怖くて……」


 直斗が心の内に感じている気持ちをすべて話し終えると、楓は顎に手を当てて、悩ましい表情を浮かべていた。


「やっぱりね……」

「やっぱり?」


 楓は人差し指を顎に当てていたかと思うと、すっと腕を下ろして視線を上げ、直斗の方をてつくようなすっとした目で見つめる。


「まずは、彼女の私に言うことがあるんじゃない?」


 微笑みながらも、目が全く笑っていない楓。

 これは、彼女が怒っている時の顔だ。


「す、すいませんでした!」


 慌てて直斗は頭を下げて謝る。


「何が?」

「妹と一緒にお風呂に入ってすいませんでした」

「他にもあるでしょ?」

「えぇっと……妹の身体で興奮してしまってごめんなさい」

「……顔上げて」


 ゆっくりと顔を上げると、目の前でちらりとシャツをずらして、下着をチラ見せしてくる楓の姿が――


「ちょ、楓! 見えてる、見えてる!」


 直斗は慌ててまわりを見渡し、誰もいないことを確かめる。


「大丈夫だよ。ちゃんとチェックしてからやってるから」

「だからって、こんな公共の場ではまずいだろ……」

「でも、その背徳感がさらにゾクゾクして興奮するでしょ?」


 まあ、こういったところでちらりと見え隠れする果実は、そりゃもう魅力的だけれども……。


「ねぇ直斗。ちなみに、今日の予定は?」

「えっ? 四限よげんまで授業受けた後、バイトだけど……」


 なんでそんなことを聞いてくるのだろう?

 頭にはてなマークを浮かべていると、楓はにっこりと微笑んだ。


「それじゃあ、今日はバイトが終わったら、駅で待ち合わせね! 私、今日直斗の家に泊まるから!」

「えっ……?」


 いきなり楓が、とんでもないことを言い放つ。


「で、でも、妹がいるわけだし……流石にまずいんじゃ……」

「何で? 彼女が彼氏の家に泊まりに行くのがダメなの?」

「そんなことはないけど」

「だって、直斗の話を聞くに、完全に妹ちゃん達直斗のこと異性として意識しまくってるわけでしょ? それじゃあ直斗も家で安らぐどころか、毎晩不安な日々を送ることになるわけだから、私が介入することで直斗を守ってあげるの!」

「それは嬉しいけど……本当にいいのか?」


 多分、楓が思っている以上に、妹達は手ごわいぞ?


「大丈夫だって! 直斗は私の彼氏だってこと、妹ちゃん達にちゃんとわからせてあげるから。それに、直斗だってもっと見たいでしょ?」


 そう言ってにやりと笑みを浮かべて、さらにシャツをぺろりとめくって胸元を見せつけてくる楓。

 楓の表情は、どこか達成感とやる気に満ち溢れていた。


「わ、分かったよ。それじゃあ、今日バイト終わりにな……」

「うん」


 もちろん、妹たちがいるのでそう言うことは出来ないと分かっているけれど、どこか期待を膨らせずにはいられない直斗であった。

 こうして突如決まった楓のお泊り。

 今日は台風の夜を過ごす覚悟を持っておいた方が良さそうだ。

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