第9話 嫉妬する妹

「ふぅ……ご馳走様」

「お粗末様でした」


 直斗はお腹がいていたので、カレーを二杯おかわりして、ペロリとたいらげてしまった。


「本当に雪穂の作る料理は格別だな。これからこんなにおいしいご飯が食べられるのかと思うと、俺は幸せ者だ」

「兄さんの食べたいものがあったら、何でもリクエストして。作ってあげるから」


 流石、共働きの両親の代わりに家族五人分の夕食を毎晩作っていた雪穂のことだ。

 恐らく直斗がフレンチ料理をリクエストしたとしても、下調べをして容易たやすく作ってしまうのだろう。

 そう感じてしまうほどに、雪穂の料理スキルは一級品いっきゅうひんだ。

 一方の秋穗は、直斗と同じ食べる専門で、あまり料理を得意とはしていない。

 まあ秋穗の場合、面倒くさいからやらないというだけで、炒める際に油をひかないなどのヤバさではない。

 その辺の常識はあるので安心だ。

 作り方さえわかれば、それなりのものが作れるだろう。

 けれど、近くにシェフ並みの腕前の姉妹がいたら、そりゃ得意なことは任せた方がいいというもの。

 必然的に、春川家の食事担当は雪穂となったわけである。

 お皿をまとめて、食器を片していると、唐突に秋穗から声を掛けられた。


「直斗兄。ちょっと話があるんだけどさ」

「ん、どうした?」


 改まった口調で姿勢を正し、真剣な面持ちを向けてくる秋穗。

 その様子を見て、直斗もつられて背中を伸ばして椅子に座り込む。

 食器を片しに行った雪穂も戻ってきて、秋穗の隣に座った。

 どうやら、何か重要な話があるらしい。

 秋穗は一つ咳ばらいをしてから、すっと直斗を真っ直ぐに見据えた。


「直斗兄……彼女さんのことなんだけど……」

「ん、楓のことか?」


 直斗が首を傾げると、こくりと頷く秋穗。

 そして、今度は雪穂が言葉を続けた。


「単刀直入に言わせてもらうと、兄さんは楓さんに頼り過ぎだと思うんです」

「えっ……そうかな?」


 自覚がない直斗に対して、雪穂はばんっと机を手で叩く。


「そうです! だって兄さんのことだから、楓さんに家の掃除もしてもらってたからあんなに綺麗だったんですよね? それに、身だしなみだって今まではシャツにスウェットだったのに、家でも小綺麗な格好するようになって、別人じゃないですか!」

「そ、そうかな?」


 今の格好は白シャツに黒のカーディガンを羽織った格好。

 それほど前までと変わらないと思うけど……。


「髪の毛だって癖っ毛の天然パーマだったのに、いつからそんなストレート短髪が似合う男になったんですか⁉」

「これは確かに、『絶対にストレートにした方が似合うって』って楓に言われたからなぁ……」


 多少コンプレックスにしていた癖っ毛も、楓に教えてもらった美容室でストレートパーマにすることで、髪型の幅が広がり、ワックスも頻繁に使用するようにはなったけど……。


「目を覚まして直斗兄! 直斗兄は楓さんに利用されて搾取されてるの! 操り人形状態なの!」

「別に、操られてるとも思ってないし、俺は至って普通だぞ?」


 ただ、大学生になって自由度が増えて、身だしなみやファッションにも多少なりとも気を遣うようになっただけだというのに、凄いバッシングだ。


「二人は、俺が前のグータラで癖っ毛のダメダメ兄の方が良かったってことか?」

「そ、そこまでは言ってません! もちろん今の兄さんはとてもかっこよくて素敵です! むしろ今の方が男としての魅力は格段に上がっていると思います!」

「なら、何も問題ない気がするんだけど……」


 妹達からしても、よそに見せても問題ない兄が出来て鼻が高いのではないだろうか?


「とりあえず、これから服を買いに行く時と美容室へ髪を切りに行く時は、私達も同伴します! 兄さんを理想の兄さんにしてみせますから!」

「いやっ、だからなんでそこで張り合う必要があるんだよ⁉」

「楓さんよりも、兄さんのことを知っているのは私達です!」

「そんなところで変なマウント取りしなくていいから!」


 どうしてこうなった?

 朝に楓が引っ越しの手伝いに来てくれた時は、なごやかな雰囲気で話していたと思ったのに……。


「とにかく、兄さんはこれから逐一出かける時はどこに行くのか報告してください!」

「俺は小学生か⁉」


 雪穂の直斗へ対する母のような過保護っぷりは、止まるところを知らない。


「まあまあ雪穂落ち着いて、流石にそれはやりすぎだって。直斗兄も大学生なんだから」

「秋穗……」

「まっ、ひとまずこれから兄さんの部屋の掃除とかは私たちでやることになるだろうから、兄さんは今まで通りの生活してて平気だよ」


 秋穗が姉らしく場を収めてくれる。

 雪穂も何か言いたそうにはしていたけれど、ぐっとこらえて黙っていた。


「まあでも……これからまた家族で暮らすから、夜は出来るだけ帰ってきてくれると嬉しいかな……」


 秋穗は頬を軽く染めつつ、モジモジと身体を揺らしながら、恥じらうようにそんなことを言ってくる。

 かわいい妹にそう頼まれてしまったら、すぐにでも帰って来たくなってしまうのが兄というもの。


「分かったよ。バイトが終わったら、出来るだけ早く帰ってこれるように頑張るよ」

「うん、ありがとう……帰ってきたら、私達が沢山癒してあげるからね」


 そう言いながら、嬉しそうに頬を緩める秋穗。

 結局のところ、妹達は久々に兄と一緒の時間を過ごしたいために、楓に嫉妬していたらしい。

 高校も卒業してそろそろいい年なんだから、兄離れをして欲しい反面、そんな可愛らしい妹達をついつい甘く許してしまう直斗。

 しかし、この時の直斗は、秋穗の言った『癒し』がどういうものなのか、全く理解していなかったのである。

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