第8話 新生活開始!

 タクシーで移動すること三十分。

 閑静かんせいな住宅街にある何の変哲へんてつもないマンション前に停車する。

 ここが三人でこれから生活をいとなんでいく新居だ。

 既にマンション前には引っ越し業者の車が到着していて、荷下ろしの準備を始めている。

 直斗たちは料金の支払いを終えて、マンションの前に立ち、上を見上げた。


「ついに、今日からここで新生活がスタートするんだな」

「なにしみじみとしたこと言ってるの直斗兄! ほら、引っ越し業者の人達も待ってるんだからさっさと部屋に行くよ」


 秋穗に背中を押され、マンションの中へと入っていく。

 エントランスのオートロックを解除して、そのままエレベーター前まで向かう。

 三人が降下してきたエレベーターに乗り込むと、雪穂が新しい部屋のある五階のボタンを押した。

 エレベーターは速度を上げて上昇していき、あっという間に五階へと到着して扉が開く。

 直斗は感慨に浸る暇もなく、秋穗にぐいぐい手を引かれて廊下を歩き、角部屋である玄関前に到着する。


「二人の荷物は、もう既に搬入済みなんだよな?」

「うんっ! だから、今日は直斗兄の荷物整理をパパっと全員でやっちゃうよ!」


 秋穗が直斗の腕を掴んでいる間に、雪穂が鍵の施錠を解除して、玄関の扉を開けた。


「さっ、どうぞ、兄さん」

「お、おう……ありがとうな」


 雪穂に促されて、直斗は新居の敷居をまたぐ。

 玄関前から続く廊下は、内見に来た時と同じように殺風景な景色が広がっていた。

 ただ、廊下の右側にある扉には、『秋穗&雪穂』と書かれた看板が掲げられており、既に二人の荷物が搬入済みであることを示している。


「ほら、こっち来て直斗兄!」


 靴を脱ぐと、秋穗に急かされるようにして腕をぐいぐい引かれながら、廊下の奥へと連れられて行く。

 奥の扉が開け放たれると、そこには綺麗にレイアウトが施されたリビングが広がっていた。

 キッチン横に四人掛けのテーブルが設置されていて、奥には白い革張りのソファが置いてあり、壁側にはテレビも完備。

 キッチンに置いてある水切りかごには、既に洗い終えた食器が乾かされており、二人が先に生活をここでしていることがうかがえる。

 このリビング、どこか既視感きしかんがあるな……。

 リビングを眺めながらそんな感想を思っていると、秋穗がぐいっと手を引いてきた。


「どうどう? 雪穂と二人で直斗兄が来る前に頑張ってレイアウトしたんだよ!」


 秋穗は褒めて褒めてと、まるで尻尾を振る犬のようにきらきらと目を輝かせている。

 分かりやすい反応だったけれど、ここで何も言わずに褒めてやるのも兄としてのつとめ。


「二人でよく頑張ったな。偉いぞ」

「えへへっ……それほどでも……」


 褒めてあげると、秋穗は嬉しそうに頬を緩ませつつ、自分の頭をいた。


「にしても、これを二人だけでレイアウトするの大変だっただろ? 呼んでくれれば、いつでも手伝ったのに……」

「いいのー! 直斗兄にサプライズしたかったんだから!」

「兄さんが暮らしやすいよう、実家のリビングに似た配置にしてみました」

「あっ」


 そこでようやく、直斗は既視感の正体に気が付く。

 窓から見える景色は違えど、キッチン近くに置かれたテーブルや、白塗りのソファに黒いテレビ。

 それはすべて、三人が一緒に暮らしていた実家と同じレイアウト。


「この方が兄さんも新しい家にすぐ馴染めると思って……迷惑でしたか?」


 俯きながら、自信なさげに尋ねてくる雪穂。

 そんな雪穂に、直斗は優しい瞳を向ける。


「俺のためにここまでしてくれて……ホント、ありがとうな」


 そう言って、雪穂の頭へ手を置き、ポンっと撫でてやる。


「い、いえ……これも兄さんのためですから」


 頬を染めながら、恥ずかしそうに身をよじる雪穂。

 けれど、褒められたのが嬉しかったのだろう。

 口元を緩ませて、可愛らしい顔をしている。

「よっしゃ、それじゃあとっとと直斗兄の部屋も荷物整理しちゃいますか!」


 気合を入れるようにして、むんっと握り拳を作る秋穗。


「そうだね。三人で一気にやれば、すぐに片付くからね」


 雪穂も荷物をリビングに置くと、すぐさま直斗へにこりと微笑んでくる。


「分かった。それじゃあみんなで、俺の部屋を片付けよう」


 こうして、三人で直斗の新しい部屋のレイアウトを決めていった。



 気付けば日も暮れて、既に時刻は夜の六時を回ろうとしていた。


「やっと終わった……」


 秋穗は疲労困憊ひろうこんぱいといった様子で、直斗の部屋の床にへたり込んでいた。


「お疲れ様秋穗。手伝ってくれてありがとう」

「直斗兄、引っ越しの荷物多すぎ」

「そうかな? 別に普通だと思うけど……?」


 ざっと段ボール箱六個分くらいだろうか?


「私なんて、段ボール箱三つだったよ?」

「それはそれで少なくない?」


 女の子の方がこういう引っ越しとかは荷物が多いとよく耳にするけれど……。

 まあ秋穗の場合、男勝りなところがあるから、必要最低限の荷物以外は実家に置いてきてしまったのだろう。


 とにもかくにも、これで直斗も無事に部屋のレイアウトが完了。

 妹達と一緒に、新居での新生活がスタートする。

 すると、コンコンと部屋の扉がノックされ、ゆっくりと扉が開き、雪穂が顔を覗かせた。


「二人ともお疲れ様。夕食出来たから、一緒に食べよ?」

「食べる―、もうお腹ペコペコだよー」

「よっしゃ。それじゃあ夜飯にするか」


 三人がリビングに向かうと、部屋からはカレーのいい匂いが漂ってくる。

 テーブルには三人分の食器が用意されており、既にサラダや福神漬けも置かれていた。


「直斗兄はこっちね」


 秋穗に勧められ、奥の席に座る。


「はい、お待たせ兄さん」

「ありがとう」


 直斗の目の前に、お皿に盛りつけられた雪穂お手製カレーが置かれた。

 湯気が立ち、煮込まれた具材がカレーのルーと混ざり合い、美味しそうな香りを漂わせている。

 三人の元へカレーが並べられたところで、二人の視線が直斗の元へと向いた。

 直斗も二人の視線を受けて、一つ咳ばらいをしてから口を開く。


「二人とも、引っ越しの手伝いありがとう。こうしてまた、二人と一緒に暮らせることを嬉しく思ってるよ。というわけで、これからみんなの新生活がいいものになるように……乾杯!」

「乾杯!」

「乾杯!」


 そう言って、手元に置かれた水の入ったグラスを手に持ち、三人でグラスを合わせて乾杯する。

 一人で都内へ上京したのに、こうしてまた妹達と一緒に暮らせる日が来るなど想像もしていなかったので、どこか不思議な感じだ。

 色々と迷惑を掛けることもあるだろうけど、楽しく妹達と一緒に生活していこうと改めて心の中で誓う直斗であった。

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