第7話 家での思い出

 迎えた引っ越し当日。

 直斗は段ボール箱をまとめ終え、引っ越し業者が来るのを待っていた。

 もちろん、秋穗と雪穂にも手伝ってもらったおかげで、部屋は綺麗さっぱり片付いている。

 朝から楓も応援に駆けつけてくれて、直斗の荷物整理を手伝ってくれた。

 最初は楓が直斗の引っ越しを手伝いに来たことに対して不信感を抱いていた二人。

 けれど、直斗が手伝って欲しいから頼んで呼んだという旨を伝えると、二人は渋々と言った様子で理解を示してくれた。

 それから、楓が積極的に秋穗と雪穂へコミュニケーションを取りに行ったことで、二人の警戒心も多少はけたらしい。

 荷造りが終わる頃には、他愛のない話で盛り上がる程度にはけることが出来ていた。


 大家さんにお礼の挨拶を交わした直後、引っ越し業者の車が到着して、直斗の部屋から荷物をせっせと運んでいく。

 からになった部屋を眺めながら、ふと楓が口にする。


「色んなことがあったわね」

「そうだな……」


 直斗が初めて勇気を振り絞って先輩を家に招いた夜のことは、これからも未来永劫みらいえいごう忘れることはないだろう。

 お互いにとって、それはもう初めてのことだらけで、色々と濃い時間だったから。


「直斗」

「ん、何?」

「これからも、末永くよろしくね」

「どうしたんだよ。急にかしこまってらしくない」

「へへっ……なんか言いたい気分だったの」


 そう言って、にこりと白い歯を見せて笑みを浮かべる楓。

 たとえ一人暮らしじゃなくなったとしても、直斗の楓に対する愛が変化するわけでもない。

 これからも直斗は彼女との幸せな日々を一緒に過ごしていくのだから。


「直斗兄、引っ越し業者さん出発したよ! 早く向かおう!」


 二人で見つめ合い、これからもずっと一緒に仲良くやって行こうと誓いあっていたところで、玄関の外廊下から秋穗が空気を読まずに声を掛けてきた。

 くそっ……もう少しいい雰囲気だったらキス出来たのに……。


「分かった、今向かうよ」


 秋穗にそう声を掛けて、再び楓に向き合う。


「今日は手伝いに来てくれてありがとうな」

「ううん。私も直斗の手伝いが出来て良かった」


 にこりと微笑み合って、しばらく見つめ合う。


「それじゃあ、私はこの後レッスンだから、妹ちゃん達と新居での荷ほどき頑張って」

「うん、ありがとう。楓もレッスン頑張って」

「うん、行ってくるね」

「いってらっしゃい」


 お互いに手を振り合って、楓が先にからっぽになった部屋を後にする。

 一人になった直斗は、改めて殺風景になった部屋内を見渡す。


「この家にもいろいろお世話になったな……」


 初めて上京してきてから、最初の頃は掃除や洗濯に悪戦苦闘。

 それから、大学で友達が出来て、空き時間の暇つぶし場所としてよく遊びに来るようになって……ゲームや雑談をしたり楽しい時間をたくさん過ごした。

 そしてもちろん、楓との思い出も……。


「直斗兄! タクシー到着してるよ! 早く!」

「はいよ! 今行く!」


 秋穗に再度急かされたので、直斗は玄関で深々と部屋に向かってお辞儀をした。


「今まで、お世話になりました」


 そうつぶやきながら頭を下げて五秒ほどお辞儀をしてから、直斗はきびすを返し、部屋を後にする。

 階段を降りた先には秋穗と雪穂が待っていた。


「お待たせ」

「もう、おっそーい!」

「悪い悪い」

「兄さん。早く行きますよ。私たちの新しい新居へ!」

「あぁ、そうだな。行こうか」


 こうして、二人に両腕をつかまれながら、直斗はタクシーへと乗り込む。

 アパートの入り口前では、大家さんが見送りに来てくれていた。

 後部座席のドアガラスを開けて、大家さんへ頭を下げる。


「今までお世話になりました」

「いえいえ。これからの新生活がいいものになりますよう、陰ながら応援しております」

「ありがとうございます」


 挨拶を交わし終えた直後、タクシーがゆっくりと動き出す。

 首を後ろに回して、バックドアのガラス越しから遠ざかっていくアパートを眺めつつ、直斗は名残惜なごりおしさを胸に、双子姉妹と一緒に暮らす新居へと向かうのであった。

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