第5話 サプライズからのブッキング

「お疲れ様でした」


 アルバイトを終えて、直斗は駅前へと急ぐ。

 駅前に到着すると、改札前は深夜帯しんやたいとは思えぬほどに混雑していた。

 改札口近くの柱で、スマホを操作している楓を見つける。

 駆け足で楓の元に近寄っていくと、楓も直斗の姿に気付き、ぱっと表情を和らげた。


「ごめん、待った?」

「平気、今さっき来たばかりだから」

「行こうか」

「うん」


 早速、家に向かって歩き出す二人。

 駅前を通り過ぎ、大通りを歩いて行く。


「そう言えば、引っ越しはいつなの?」

「今週末」

「それじゃあ、今丁度荷物整理で大変だった?」

「ううん。まだ全然荷造りしてないから平気だよ」

「直斗が良ければだけど、明日私仕事お休みだから、荷造り手伝ってあげようか?」

「ありがたい提案だけど、自分の都合に合わせてもらうのも申し訳ないし……」

「そんなこと言わないでよ、私直斗の彼女だよ? 少しくらいは頼ってくれてもいいんだよ? それとも、私に見られちゃまずいものでも隠してあるのかな?」

「そ、そんなのあるわけないじゃん!」

「なるほど……直斗は電子派かぁー」


 まあ確かに、そういう秘蔵映像は電子上に保存してありますけど!

 そんな他愛のない会話を繰り広げながら、二人が直斗の家に到着する。

 直斗の玄関前に付くと、窓から部屋の明かりが漏れていた。


「あれっ、おかしいな……電気消し忘れて出てきちゃったのかな?」


 そんなことを思いながら鍵穴を差し込むと、既に玄関のドアの施錠が解除されていた。


「ちょっと下がってて」


 もしかしたら、不審者が入り込んでいる可能性を考え、楓を一歩後ろに下がらせる。

 そして、ドアノブを回して、一気に玄関の扉を開け放つ。

 すると、目の前には二人の女の子たちが直斗を見つめていた。

 一人はスタイル抜群でオレンジ色のボブカットが特徴的な女の子。

 もう一人は、小柄な身体にブラウンのロングヘアを揺らしながら、紫紺しこんの瞳を向けてきている女の子。

 部屋の中には、二人の義妹双子姉妹が待ち構えていた。


「おかえり直斗兄! おっそいー」

「おかえりなさい兄さん。アルバイトお疲れ様です」

「ふっ、二人とも、どうしてここに⁉」


 一度地元に戻ったはずの二人が直斗の家にいることに驚いていると、秋穗が状況を説明してくれる。


「いやぁー直斗兄のことだから、引っ越しの準備とか終えてないだろうと思って。私達の荷造りを早めに終わらせて、手伝いに来てあげたわけよ! どう、この完璧なサプラーイズ!」


 ドヤ顔でむんっと胸を張る秋穗。

 Tシャツ越しに強調されている胸がぷるんと上下に揺れた。


「私たちは既に引っ越しの荷物を送って手持ち無沙汰になってしまったので、兄さんのお手伝いをしようと思って……ご迷惑でしたか?」

「いや、嬉しいよ。ありがとう……」


 妹たちが兄を慮って引っ越しの手伝いに来てくれたのは嬉しいのだけれど……。


「どうしたの? なんか女の人の声が聞こえたけど……」


 そこで、廊下で待ちぼうけを食らっていた楓がひょっこりと顔を覗かせた。

 双子姉妹の視線が直斗の後ろにいる彼女へと集中する。

 しばし重苦しい沈黙が部屋の中をつつみ込む。

 予想だにしていなかったブッキング。

 最初に重苦しい中で声を上げたのは秋穗だった。


「直斗兄。その人は誰?」

「あっ……えぇっとだな……」


 直斗がしどろもどろになってどう説明しようか困っていると、何を血迷ったのか、楓ががしっと直斗の腕にしがみ付いてくる。


「初めまして! 直斗君とお付き合いさせていただいている、桧原楓ひのはらかえでです!」


 直斗の右腕に思い切り身体を密着させて、はきはきとした口調で義妹姉妹へ挨拶を交わす楓。

 突如現れた直斗の彼女からの挨拶を受けて、驚いたように目を見開く二人。

 まさに修羅場とはこのこと。

 場は凍り付き、重苦しい雰囲気が辺りをつつみ込む。

 しかし、秋穗がはっと我に返り、ぎこちない様子でぺこりと頭を下げた。


「は、初めまして……直斗兄がいつもお世話になっています。妹の秋穗です……こっちは妹の――」

「春川雪穂です。初めまして」


 まだ直斗に彼女がいることを信じられないと言った様子の秋穗に対して、雪穂は至極冷静にスッと平坦な口調で挨拶を交わす。


「ねぇ直斗、この二人が前に言ってた妹ちゃん達?」

「あっ、うん。そうだけど……」

「二人とも可愛いー!」


 楓は悶絶もんぜつした様子でその場で足踏みしてはしゃぎだす。

 そんな楓を見て、秋穗は苦い笑みを浮かべる。


「なんか、直斗兄の彼女。すげぇ変わり者だね」

「あははっ……通常運転だから気にしないでくれ。それに、秋穗達は可愛いから仕方ないことだよ」

「か、かわいいとか……そんなことないし」


 ぽそぽそとした口調でつぶやきながら、頬を赤く染める秋穗。

 すると、はっと我に返った楓は直斗に顔を向けてくる。


「妹ちゃん達もいることだし、今日はおいとました方がいいよね」

「あぁ……えぇっと……」


 直斗がちらりと双子姉妹の様子を窺うと、秋穗は困惑した様子であまり歓迎している感じではない。

 雪穂に関しては、鋭い眼差しで楓を見据え、明らかにこれ以上敷居を通さないというような圧さえ感じる。

 今日の所は、楓に帰ってもらうのが賢明な判断だろう。


「悪いな楓。せっかく来てもらったのに」

「仕方ないって! それじゃ、私は帰るね」

「あっ、駅まで送っていくよ」

「いいって、妹ちゃん達をいたわってあげて」

「暗い夜道を一人で帰らすわけにはいかないよ。楓を送った後でも、家族サービスは出来るから」

「そっか……ならお願いしようかな」


 楓を駅まで送り届けることを決めて、直斗は再び部屋の中へ顔を向ける。


「悪いけど、楓を駅まで送ってくるから、もう少し待っててくれ」

「う、うん。分かった。いってらっしゃい」

「んっ」


 二人がそれぞれ返事を返してくれたので、直斗は楓の背中を押して、歩き出すように促す。


「バイバーイ」


 最後に秋穗達ににこやかな表情で手を振ってから、楓は外廊下を歩きだす。

 ぱたんと扉を閉め、外廊下から階段を降りていった。

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