第2話 同棲決定

 ひとまず詳しい事情を聞くため、三人を家に上げて、直斗はお茶を用意した。

 床に座った母は、直斗の部屋を不思議そうにキョロキョロと見渡している。


「随分と部屋綺麗にたもってるのね」

「えっ……そ、そう?」


 元々物が少ないというのもあるだろう。

 けど確かに、実家にいた頃と比べたら、部屋は整理整頓されていて清潔感がある。

 すると、母さんは何かを見透かしたようににやりと悪い笑みを浮かべた。


「もしかして、彼女でも出来た?」

「なっ、そんなわけないだろ」

「ふぅーん……二人はどう思う?」


 母さんは、楽しそうに妹たちへと問いかける。


「えっ⁉ な、直斗兄彼女いるの⁉」

「兄さん。私達がいないからと言って女の人を家に連れ込むなんて……はしたない」


 二人それぞれ反応して、幻滅した目を向けてくる。


「違うっての! 空き時間によく友達がゲームしに遊びに来るから、自然と掃除する習慣がついただけだって!」

「へぇ……」

「ふぅーん……」


 妹たちは納得していないのか、いぶかしむ様子で直斗を見据える。

 そんなに信用ないかな?


「まっ、今回は直斗兄を信じといてあげる」

「兄さんを疑うのはよくありませんね。ここは、兄さんを信じることにします」

「あっ、ありがとう」


 直斗は心の中でほっと胸を撫で下ろすと同時に、ものすごい罪悪感にさいなまれた。

 なぜなら、直斗にはめっちゃ美人で可愛い彼女がいるのだ。

 でも、今は妹たちに真実を告げる時ではない。

 これから、直斗の今後を左右するような大切な話をするのだから。

 それに、母がいる前でカミングアウトなんて、ハードルが高すぎて出来たものじゃないしね。


「それで、一緒に暮らしたいって話だったけど、どういうこと?」


 これ以上詮索されることを避けるようにして、直斗は話を本題へと戻す。

 そもそも二人が直斗と一緒に暮らしたいということで、家に上げたのだから。


「あぁ、それはね!」


 人差し指を立てて、意気揚々いきようようと説明を始めたのは、姉の秋穗だった。


「都内って家賃が高いでしょ? なら、三人で一緒に暮らした方がある程度生活費抑えられるかなと思って」

「なるほど、経済的負担を軽くするためだな」

「そういうこと! 学費はお母さん達に頼ることになっちゃうし、仕送りの負担も減らしてあげたいからさ」


 秋穗の意見は真っ当なものだった。

 両親は、大学へと通う三人の学費をまかなってくれている。

 それに加え、三人別々の家で暮らして家賃を肩代わりしてもらうとなれば、相当な負担になるのは自明の理。

 両親に少しでも負担を減らしてもらおうという心意気が感じられた。


「私は別に、三人別々に暮らしても構わないって言ってるのだけど、二人とも直斗と一緒に暮らしたいの一点張いってんばりで……」


 困った様子で母が苦笑いを浮かべて付け足すように言う。

 なるほど、妹たちの考えはよくわかった。

 正直な話、直斗も懐事情ふところじじょうは厳しい。

 直斗は妹たちのために、両親からの仕送りを断っていた手前、この案に異論はない。

 アルバイトでどうにかやりくりできるし、三人一緒なら経済的負担が減るのも違いない。

 それに、三人で同じところに暮らしていれば、兄である直斗が家を守っている限り、妹たちに変な虫が寄ってくることもなく、両親も安心して娘たちを都内へ送り出すことが出来る。

 普通なら、すぐにでも首を縦に振ってもいい理想的な提案。

 けれど、直斗は即決できずに悩んでいた。

 もちろんその理由は、言わなくても分かるだろう。

 直斗には今、彼女がいるのだ。

 いくら妹とはいえ、他の人と同棲することになれば、相談しないわけにはいかない。

 だから、直斗は『少し考えさせてほしい』と答えようとした。

 しかしその前に、雪穂が首を傾げて口を開く。


「兄さん。そんなに浮かない顔してどうしたのです? もしかして、私達と一緒に暮らすのは嫌なんですか?」

「いやっ……そういう訳じゃないんだ! とても魅力的な提案だと思うし、悪くないと思うんだ。ただ……」

「ただ……?」


 秋穗と雪穂は問い詰めるように直斗を見据えてくる。


「ほら、今の家って大学から近いからさ。家をギリギリに出ることに慣れちゃってて、ちゃんと授業に間に合うか不安で……」

「大丈夫です! 兄さんの時間管理は、私に任せてください!」


 そこで、意気揚々と胸を張って豪語ごうごしたのは雪穂だ。



「そ、そうだよなー! 雪穂は昔から俺が寝坊しそうになった時、叩き起こしてくれてたもんな!」

「はい! ですので、兄さんの生活習慣は私が管理します!」


 くそっ……うまく切り返した言い訳だと思ったのに、あっさり雪穂に潰されてしまった。

 何か……何か他に理由はないのか⁉

 普段あまり使わない頭を最大限駆使して、何か他の案はないかと思考を巡らせる。


「直斗兄……そんなに私達と一緒に暮らしたくないの?」


 すると、秋穗が物凄く悲しそうな瞳で、直斗を見つめてきた。

 うっ……これは居た堪れない。

 直斗はただ、彼女へ相談するための時間稼ぎを考えていただけなのに……。

 秋穗に続いて雪穂の表情も暗いものへと変化していく。


「やっぱり兄さん。私たちのことなんてもう……」


 雪穂は手を胸元で合わせて、潤んだ瞳で見上げてくる。

 ヤバい、ヤバい!

 このままだと、完全に悪者みたいに――!


「そ、そんなことないって! 二人のことは今も大好きだよ」


 もちろん、家族としてだけど……。


「でも兄さん。なんだか困ってます。私達と一緒に暮らすのは、やっぱり……」

「そんなことないって! 確かに改めてよく考えたら、秋穗と雪穂と一緒に暮らした方がメリット大きいな! 生活費も分担できて、遅刻しそうになったら雪穂が叩き起こしてくれるし、俺の生活習慣も改善して利点しかねぇわ!」


 妹達からこれだけ頼まれてしまえば、直斗に残されている答えは一択しかない。


「本当に……いいの?」

「うん! だから、二人が言ったように、これから一緒に暮らそう! なっ!」


 直斗がそう言いきると、雪穂は目を大きく見開き、思わず姉の秋穗の方へ顔を向ける。

 秋穗もコクリと首を縦に振って嬉しそうに口角を上げていた。

 頷き合った二人は、改めて直斗に向き合う。


「それじゃあ兄さん」

「これからよろしくね、直斗兄」


 こうして、直斗は義妹姉妹達と同棲生活を始めることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る