お兄ちゃんに彼女がいても、義妹なら同棲しても問題ないよね?

さばりん

第一章

第1話 義妹が都会へやってきた

「暇だ」


 大学生の春休みほど、暇な長期休みはないと思う。

 もちろん、部活動・専門分野の研究に注力している者や、教員・公務員を目指している学生は、休み中も資格取得のため毎日大学へと通い、勉強に取り組んでいるのだろう。

 しかし、特にやりたいこともなく、バイトけの毎日を送っている大学生にとっては、春休みは金稼ぎの時期としかとらえていない。

 今こうしてベッドの上に寝転がる春川直斗はるかわなおともまた、暇を持て余している大学生の一人。

 バイトは夜からなので、昼間はやることが無く家の中に引きこもり、ベッドに寝転がりながらスマホゲームをポチポチと脳死状態で操作して、時間を持て余していた。

 一人暮らしみんにとっては、WiFi環境が整っていない家に暮らしているのは死活問題。

 友達とオンラインゲームをやろうにも、莫大ばくだいなギガすうってしまい、すぐに通信制限が来てしまう。


「なんかやることねぇかなぁー」


 そんな独り言をつぶやいていると、突如スマホの液晶画面がゲームタイトル画面から着信画面へと変わる。

 電話してきたのは、実家に住む親父。

 通話ボタンを押して、直斗はスマホを耳に近づけた。


「もしもし?」

『直斗、大変なんだ!』


 すると、電話越しの親父から、逼迫ひっぱくした声が聞こえてくる。


「ど、どうしたんだよ急に……」

『みんな……みんなが家出しちゃったんだ!』

「……はっ⁉」


 親父の悲痛な叫びにつられて、直斗も驚きの声を上げてしまう。


「それって、三人ともってことか?」

『あぁ……母さんも雪穂ゆきほ秋穗あきほもみんないなくなった』


 衝撃の事実に開いた口が塞がらない。

 直斗には、親父の再婚で出来た新しい母親と、一個下の双子の義妹がいるのだが……。

 親父の声色からして、どうやらその三人が家を出て行ってしまったらしい。


「ひとまず落ち着けよ親父。何か書き置きとかなかったのか?」

『朝起きたら机の上に……『しばらく実家に帰りません』って書かれてた』

「……なるほど、ついに親父の溺愛できあいっぷりに愛想をつかして、家出しちまったのか」

『待て待て! お父さんは悪くない! こんなに母さんも娘たちも愛してるのに!』

「まっ、その気持ち悪さが裏目に出たんだな……」

『う“ぇーん! 直斗には分からないだろうな! 父親としての気持ちが!』


 どこか懐かしの市議会議員のように泣きわめく親父。

 ピンポーン。

 すると、直斗の家のインターフォンが鳴った。


「悪い親父。誰か来たからちょっと待っててくれ」


 ひとまず、耳元からスマートフォンを離して、ドアの覗き穴から外廊下そとろうかを眺める。

 するとそこには、今の今まで消息不明となっていた三人の姿があった。

 直斗は慌ててドアを開け放つと、にこやかに笑いながら母さんが手を上げる。


「やっほー直斗。きちゃった」


 軽い口調でそう言う母に続くようにして、今度は妹たちが直斗の手を片方ずつ掴んでくる。


「やっほー直斗兄なおとにい!」


 モデル体型のようなすらっとした身体。

 オレンジ色のボブカットを揺らして、ひまわりのような黄色い瞳で眩しい笑顔をたたえるのは、双子姉妹の姉である春川秋穗はるかわあきほ


「こんにちは兄さん。一人で寂しい思いをしていませんでしたか?」


 秋穗とは対照的に、可愛らしい小柄体型。

 ブラウンのストレートヘアをなびかせ、紫紺しこんの瞳で包み込むような優しい笑顔を向けてくるのは、双子姉妹の妹である春川雪穂はるかわゆきほ


「あれっ? みんな、親父に愛想つかして家出したんじゃ……」


 理解が追いつかずに三人を見渡しながら尋ねると、母さんが頬に手を当てて、にっこりと微笑んだ。



「家出……何のことかしら? 私達わたしたちはただ、娘たちの新居を探しに来ただけよ?」

「へっ……?」


 直斗は頓狂とんきょうな声を出してしまう。

 それもそのはず、父と母で主張が矛盾しているのだから。


「いやっ、でも今親父から、三人が家出したって連絡が……」

「あぁそういうこと。お父さんなら、昨日酔いつぶれて帰ってきたから、バツとしてちょっと悪戯しちゃった」

「少しやりすぎたかもしれませんが、部屋まで運ぶの大変だったんですよ」


 秋穗と雪穂の証言から察するに、泥酔して帰ってきた親父の報復として、机に『しばらく実家に帰りません』という意味深な書き置きを残して出かけてきたのだろう。


「ちょっとごめんな」


 大体の事情を把握した直斗は、二人に断りを入れて、掴まれていた両腕を解放してもらう。

 そして、スマホを耳に近づけ、声高らかに言い放ってやる。


「ふん、聞いてたかバカ親父。安心しろ、お前のいとしの母さんと妹は俺が引き取った。何が悪かったのか、明日までによく考えておくことだな」

『なっ……おい、今そっちにいるのか⁉ 本当にかっ――』


 これ以上親父に説明するのも面倒だったので、ぶつりと電話を切って電源も落としてしまう。

 まあひとまず、三人が直斗の元へいることは伝えたし、親父も多少は冷静になるだろう。

 改めて、直斗は三人へと向き合った。


「えっと……それで物件探しに来たって言う話だったけど、どうしてわざわざ俺の家に?」

「それがね……」


 母さんが少し困った様子で妹達へと視線を向ける。

 直斗もつられて、目の前にいる双子姉妹を見つめた。

 すると、二人はお互いに目を合わせて頷き合うと、意を決したように直斗の方へと向き直り、羨望の眼差しを向けてくる。


「直斗兄!」

「兄さん!」


 二人で同時に直斗を呼ぶと、妹たちはなぜか頬を赤く染めながら言い放った。


「私達、直斗兄と一緒に暮らしたいの」

「私達、兄さんと一緒に暮らしたいんです」


 脳が状況を処理するまでに数秒の時間が掛かる。

 そして、状況を理解した直斗は……


「はいぃぃぃぃ⁉」


 っと、近所迷惑になるほどの大声を上げることしか出来なかった。

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