第39話 少女たちの戦い
紫苑は走っていた脚を、止めた。
「紫苑、どうして逃げるの」
紫苑は息を切らしていた。
「だってずるいって思わない? あんなことしちゃってさ。私だって、キスくらい欲しい」
「告白もしてないくせに」
そう言った花恋を、沙耶が叩いた。
「いてっ! わーったよ。あの男もあの男だよな。私たちを伸してきて、由紀子には無抵抗なんてムカつくぜ」
「私が怪我させたせいかもしれません。抗おうにも、由紀子は強いですから」
「まぁいいさ。な、せっかく外に出たんだし、どっか食べに行こうぜ?」
「ケーキ食べたばかりじゃない」
「いや、甘い辛い苦いは分かっても、塩味や旨味が分かるかどうか、実験しないとだろ?」
「よーするに花恋は食べたいのね」
「ハハ、ばれたか」
「隠してすらいませんよ」
三人が笑う。口では花恋をからかっているが、味覚を得た事が嬉しいのだ。花より団子、恋愛よりメシ、ということだろう。
紫苑たちは、駅前のアーケード街に来ていた。グリーンジャケットのオートメイドが、ティッシュを配り、行き交う人々にオートメイドへの理解を求めている。ああいう活動に意味を見いだせない紫苑だった。
「由紀子?」
紫苑は、人混みの中に由紀子とアレクが連れ添うのを見た。二人はアーケードから、ムーンロード地下街へと這入っていった。
「みんな、後を追うよ」
紫苑の執念を認めて、少女たちはついて行くことにした。湿っぽい地下街の、より深く、遠く、シャッター街のような場所で、四人は由紀子とアレクを見失った。
「どこ行ったんだろう、梗治」
「見て紫苑、ここ」
沙耶が指した店と店の間に、隠されたように扉があった。二人はそこに進んだのかもしれない。四人はその扉を開けた。更に長い螺旋階段を下ると、スライド式の扉が開いていた。紫苑は、冷蔵庫の中に入ったような寒さを覚えた。
真っ白い壁に囲まれた道の中央に、一つのカプセルが立っている。ガラス越しに、眠っている人の顔が分かる。紫苑は、その顔に覚えがあった。
紫苑は、カプセルに駆け寄った。はだかの菊本可奈が、眠っていた。
「可奈ちゃん! 良かった、生きてた……」
「なぁ、沙耶。もしかして」
「この場所に、私たちの肉体が眠っているのかもしれないわ」
「でも、ここには可奈さんのカプセルだけ。他の人のカプセルは、どこにあるのでしょう?」
「由紀子と梗治はいないの? それに、どうして可奈ちゃんだけが置いてあるの?」
怪しい。誘い込まれたろうか。
途端、どこからかピアノの音が流れてきた。
由紀子が出棺のときに弾いた『ラ・カンパネラ』だった。
メガホンから流れてくるそれは、三百メートル近い一本道に反響しながら、一歩一歩、近づいてくる。大きい足音だった。
『ラ・カンパネラ』に呼応するように、突如、天井や、壁や、床から、タイルの後ろに仕舞われていたカプセルが、ぐんぐんと生えるように飛び出た。鍾乳洞の石筍のように道を狭めるその一本一本に、若い人間が眠っている。
背筋の凍る轟音が、通路を揺らした。
「!?」
べキバキと、折れた。あの先で、カプセルが折られている。
腹の底まで伝わってくる、この唸りは何だ。
紫苑たちは、よく知っている。
粉砕機だ。十年前の、始まりの音。少女たちのトラウマ。
その音が、どうして足音を立ててこちらに来るのだ……!?
徐々に、そのシルエットが明らかになる。
全高三メートル、全幅四メートル。
六本足で動く、脚の付いた蒸気機関車のような巨体だった。その正面には、以前に蘭たちが付けていた白い仮面を十倍ほどの大きさにした、暗い双眸の顔が貼り付いていた。
まごうことなき、あの〈人間シュレッダー〉であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます