間章 或る者の視点その三
☆
モニターのひとつが、ノイズにまみれていた。操っていたオートメイドの視界が切断されたのだ。私は、一晩中、呆然と見続けていた。
あの女め、私がどれだけ手間をかけてお前を造り、愛してきたと思っているのだ。どれだけ気を遣って、私が醜態を晒さないようにしてきたか。
私の老いた体の醜さを、どうしてわかってくれない。
いや、由紀子は、醜いと知っているからこそ、私を嘲笑って、姿を見せろと言ったに違いない。もし、彼女の口車に乗り、この姿をさらしてしまえば、彼女は私を笑いものにして、それこそ相手にしないのだろう。
そういう見下しを抱いているから、由紀子は人殺しなど犯すのだ。だのに、折笠悠などと付き合い、婚約などする。生まれたばかりの、無垢な表情の君は、一体どこへ行ったのだ。
十年前に私に抱かれた君は、もうそこにはいないのか。私は悲しい。思えは、私は何のために今日を生きているのだろう。答えをくれる者は誰もいない。
私はただ、この暗い部屋で、モニターのブルーライトに目を傷めながら、一人また一人とプランテッドを造らせてきた。本社にいる社員どもの半数はオートメイドであり、残りの半分は、技師や、地方自治体や企業等に営業に行く者たちだ。私の代理に社長をやらせているオートメイドが、問題なく回している。
だからこそ私はこの部屋にこもり、プランテッドを玩具にして過ごしている。
私の怒りを、分かってもらいたい。
誰か、そういう者がいてほしい。独りでもいい。
由紀子……君こそ、そういう女のはずなのに。
十年前、私は〈赤線〉の前身として〈粉砕者〉というテロ組織を起てた。既に実用されていたオートメイドと、大型粉砕機を用いて、吉祥寺でテロを起した。
私は、トヨシマ重工で〈オートタウン計画〉を打ち出して、東京の埋立地に実験都市を建てようと目論んでいた。オートメイドたちによる独自の社会を創り、彼らが真に独立できるかどうか、見届けたかったのである。
この計画には社長も賛同してくれて、私の理想郷は、会社の目標になろうとしていた。しかし、それは頓挫した。役員会で、私の計画は却下された。社長にごまをすり、若い者をひたぶるに見下して嘲笑う老害どもが、私の夢を踏みにじったのだ! 今でも忘れられない。連中の憎たらしい顔や、ヤニ臭い息や、虚勢に過ぎない怒鳴りを。その中心者が吉祥寺に住んでいたので、私はなおのこと吉祥寺でテロを起すことにした。
少子高齢社会である。年金だの、介護だの、あらゆる問題は、まず私が、老害を抹殺してしまえばいい。
その街を、オートメイドの社会実験の場にすればよいのだと、私は結論付けた。
テロの後、日本国内におけるオートメイドへの不信感は大いに高まった。しかし、人間は、手に入れた便利を容易に手放せるものではない。誰もが、嫌いな誰かの恩恵を受けている。オートメイドは、すでに全国で介護や限界集落の支えとなっていた。オートメイドを排斥する元気すら、この国にはなかったのだ。
私がオートメイドを創り出していなければ、二十一世紀の日本は、より苦しい時代となっていた。私は偉いのだ。
だのに由紀子は、あの折笠紫苑という娘の魂を持ったはずのプランテッドは、私を愛してはくれない。
私は、愛を失っている。
……折笠紫苑。私は、あの娘に惹かれた。似ている、と思ったからだ。
誰に?
他でもない。
私を「お父さん」と呼んでくれた、愛娘の――舞に……。
染井舞は、十五年前に交通事故で死んだ。犯人はアクセルとブレーキを踏み間違えた高齢の認知症患者だった。起訴されたが、間もなくして脳梗塞で死んだ。娘を轢いたことすら記憶の彼方にやって、のうのうと逝ったのだ。許せなかった。
忘れられるものなら、忘れたい。もし、プランテッドの技術が早くに出来ていたなら、私は娘をプランテッドとして蘇らせてやれたのに。
前触れもなく、部屋のインターホンが鳴った。由紀子だろう。私は机のひじ掛けのパネルに触れて、応じた。
私を殺しに来たか?
「いいえ。自警団の子たちと、プランテッドを抹消するなら、ご提案です」
いいだろう。
「優先すべきは、自警団の子よ。彼女たちは私を敵視しているから、私が陽動になって、彼女たちを冷凍睡眠者の保管庫におびき寄せるわ。それを、〈人間シュレッダー〉で、不要なカプセルごと消すの。もちろん、荒川梗治も一緒にね」
上手くいくと思うかね?
「それはもう。あなたが愛する私を、信じてください」
私は、由紀子の進言を承認した。由紀子が去り、静寂が訪れる。
部屋に並べられた無数の画面の一つに、折笠紫苑が映っている。おそらくは、自警団の誰かだろう。
愛らしく微笑む紫苑を、気がつけば数日間も見続けていた。娘の姿が、重なった。
娘が笑った。娘が困った。娘が、また笑った。
私は、そのモニターを押して、その後ろにある引き出し部分のVRセットを頭に付けた。
「舞」と呟いて、私は操るオートメイド越しに、紫苑を抱きしめた。
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