第33話 デート

「俺は、傭兵をやってたんだ」

「傭兵? 戦争をしていたの?」

「ああ。中央アジアやアフリカでな。俺は、十五で日本を離れて、一年ハイスクールにいた。だが、この街でテロが起きて暫くした頃、学校を辞めちまった。力を付けたいと思って、俺は民間軍事会社の戦闘員となった。鍛え上げられ、気が付けば傭兵として戦場に立っていた。無人兵器だろうと、国際テロ組織の戦闘員だろうと、あらゆる敵を倒し続けていた。だから、昔を思い出す暇なんて無くなっていたよ」

「あなたなりに戦っていたのね」

「君と同じさ」

「同じ?」

「辛い思いをしてきたんだろ? 死ぬような思いを何度もしたが、俺はこうして五体満足で生きている。傭兵は三年前にやめたがな。会社がアンドロイドの兵隊や、無人兵器を導入することになって、追い出されたんだ。

 で結局、今の何でも屋を始めた。猫探しや、浮気調査や、ボディーガードをして食いつないでいたんだ。そんな中、悠からメールが来た。君と結婚するってね」

「じゃあ、恋する余裕もなかったのね」

「そうだな。女遊びも少なかった」

「……アレクさんは、悠のことが落ち着いたら、外国に帰るのかしら?」

「どうかな。この街で仕事が出来るなら、残るかもしれない」


 紫苑を放っておけるだろうか、と、アレクは内心で問うた。まだ、帰ることなんて考えられない。


「さ、次は由紀子の番だろ」

「昔話というよりも、話したいことがありまして」

「うん? まぁ、それでも構わないが」


 由紀子は立ち止まった。


「染井正化を、殺してくれる?」


 地上から水溜りへと、水滴が落ちた。


「正化が、悠を殺ったのか?」


 アレクはふと、悠に扮した正化が「由紀子に殺されかけた」と言ったことを思い出した。正化が嗤いながら話した、悠の過去に作り話が入っているとしても、あの「殺されかけた」という言葉を言ったとき、彼は笑わなかったのだ。

 由紀子が言葉を返す。


「彼は、全ての元凶よ。十年前のことも、悠のことも」

「君は、いいのか?」

「正化がいなければ、この地下街も、私も、生まれないで済んだ」

「君も?」


 生まれないで済んだ? ……そうだ。正化は、アレクが「由紀子がオートメイドなのか」と問うたのに、「違う」と答えはしなかった。


「まさか君は――」


 由紀子は、その唇でアレクの唇を塞いだ。

 冷たい感触が、落雷のようにアレクの唇に奔った。


「紫苑って呼んでよ。梗治」

「君が……!」

「正化の好みのボディに、折笠紫苑の魂を入れられた、プランテッド第一号。それが、私。悠と親しかったのは、兄妹なら当然のこと……」

「馬鹿な!」


 由紀子は、アレクにしがみついた。薄いワンピース越しに伝わる冷えた感触は、アレクの体温を必死に吸い取っているようだった。

 荒川梗治が、胸の内に空洞を抱えていたように、由紀子も、この折笠紫苑の心も、埋められない何かを抱えて、この機械の身体に生きていた。アレクは、自分の生命と呼ぶべきものが吸われているような感覚に、恐怖した。


「正化を殺ったとして、君はどうするんだ?」

「あなたと添い遂げられるなら」

「だが紫苑が」

「私だって、紫苑よ」

「ん――」


 アレクは、どうしたらいいか分からなかった。由紀子も、紫苑も、同じ魂だというのだ。同じ、十五歳までを過ごした折笠紫苑の心が、目の前にいる。

 信じられなかった。

 受け入れがたい。


「梗治?」

「具体的な話をしないと。正化を殺すといっても、奴の居場所も知らない。周りの警備だって固いんじゃないのか?」

「私の部屋が、正化の隣なの。あなたをそこまで連れて行けば、何とかなるんじゃないのかしら」

「一気に懐に入るって事だな。それはいいが、監視の目だってある」

「考えていることがあるの。ついて来て」


 由紀子はそう言って、ジャンク屋のひとつに向かった。もともと、そこに行くつもりだったらしい。

 湿った臭いのする奥まったシャッター通りを行くと、ただ一つ営業中の店があった。由紀子はアレクの袖から手を離し、そこで足を止めた。

 店は、道に三メートルも面していない。アクリル板のショーケースの中には機械の部品らしいモノが詰まったガラス瓶が並んでおり、中には眼球や指と思しきモノもあった。いくつものそういう瓶が、店の奥の棚までところ狭しと並べられている。


「ごめん下さい」


 由紀子が声を掛けると、奥からあからさまな人型ロボットが出てきた。直方体の胴にボール型の肩、面長の顔面に至るまで、全身がシルバーで塗られている。ロボットはショーケースの裏で大人しく座り、人間の両目の位置にあるライトを点けると、眉間の小型レンズで由紀子を捉えた。


「これハ、由紀子様。今日はどのようなご用で?」

「このリストの部品を」

「かしこまりましタ」


 由紀子が、メモを渡す。ロボットはそれを受け取ると店の奥に行ってしまった。


「十五分くらい、お待ちくださイ」


 奥で、ロボットがそう言った。


「そういえばあのメッセージ、本当か?」

「カプセルの事? もちろん。見てみる?」


 由紀子は店を離れて、アレクを更に奥の通路に連れて行った。

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