第21話 折笠悠の日記
・永光8年4月3日
警視庁刑事部捜査五課。永光元年に新設されたこの課は、オートメイド犯罪を専門としている。私は、今日より捜査五課に配属された。亡き妹の過ちを防ぎたい――私の希望が通ったのである。
七年前の〈粉砕者〉による無差別殺人の惨状は、今でも瞼の裏に残っている。ここで一度、見聞や体験を交えて振り返ろうと思う。
それはトランスヒューマニズム、つまり人体に機械を装着する思想が世間的に広がった頃だった。クリスマスの吉祥寺駅前には、手足に禍々しい武器を取り付けた者や、後にオートメイドと呼ばれるようになったロボットたちが大量に出没していた。道行く人々は最初、彼らをコスプレイヤーだと思っていたそうだ。あの日、高校一年生だった私も、サンタクロースやトナカイのコスチュームをした彼らを見て、特に怪しむこともなかった。だが、違和感はあったのだ。忘れはしない、家族で買い物をした帰りのことだ。
二台の大型車が、吉祥寺駅のロータリーに集結して路線バスの進路を塞いでいた。
バスのクラクションが鳴り、駅前交番から警察官が出てきた。
駅前に集まっていた彼らは、ガスマスクを被るなりコスチュームの裾を破った。同時に、上空に一機の大型ドローンが飛びあがり、赤色の煙幕が投下された。
騒然とする中、コスチュームを解いたテロリストたちは、手当たり次第に人をさらっていった。抵抗する者はその場で刺殺、あるいは撲殺された。その時の犠牲の殆どは、警察官であった。
第二の殺戮ショーは、はじめの殺戮から三十分後に行われた。赤い煙幕は晴れ、拘束された人々がロータリーの重機の前で一例に並ばされていた。重機には〈CRASHER〉と書かれていた。
コスチュームを凶器で破いたオートメイドに圧され、一人の老人が重機の上に昇らされる。人々が固唾を飲み、或いは罵声が飛ぶ中で、重機は唸りを上げた。鋼鉄製の刃が二つ、嚙み合うように回転したのだ。その重機は、超大型のシュレッダーであった。紙ではなく、自転車や自動車をスクラップにするための大型粉砕機だったのだ。
重機の上に立つ老人は、青ざめただろう。残虐なため映像は残っていないが――当時者の証言をまとめると、老人は重機の穴に突き落とされ、悲鳴すら重機の唸りにかき消されてジュースになったという。臭いジュースが、アスファルトにぼたぼたと垂れて、排水溝に流れていった。その間接的な写真は、今でもグーグル検索で出てきてしまう。
吉祥寺駅は、重機の唸りを背景にして、悲鳴と、慟哭と、少数の拍手が巻き起こり、一人、また一人と二台の粉砕機による殺戮ショーが続けられたのであった。そして私の両親も、その犠牲となった。
一方、抵抗しなかった十代から三十代の若い人間は皆、地下に連れ去られた。私や私と一緒にいた妹も同様だった。私たち数百人を連行する者の中には、マネキンのような顔をしたのが数体いた。それがオートメイドだと、当時はまだ判別できた。
駅の高架線の地下だろうか、入り組んだ先にあったため、具体的な場所は定かではない。私は目を疑った。吉祥寺の地下にこんなものがあるのかと。
重々しいゲートが開くと、氷点下の息吹が頬を切った。ガラスのような空気の中に、人一人が収まるカプセルが道の両端に果てしなく並ばれていた。これは、冷凍睡眠保険のためのカプセルだ。
テロリストの若い男が「これより採取を行う」と言った。脅しのナイフを持ったオートメイドたちが、虚ろな瞳で私たちを囲んだ。
男女が分けられ、私と妹は離れ離れになった。可哀想に瞳を潤ませていた。
男たちは、無数の小部屋に一人ずつ入れられた。私の番が来て、一つの部屋に入らされた。三畳間に硬いベッドがあり、そこに全裸の女がいた。一目でオートメイドだと分かった。
私はなすがままにされた。
つまり女たちは――私の妹は、何かしらの方法で卵子を採取されたということだろう。
数時間後、私たち若い人間は地下体育館のような場所に集められた。中央に駅前と同じ大型粉砕機があった。男は黙りこくり、女は泣いていた。女の中に、なぜか妹がいなかった。私は、テロリストの男に訊いた。妹が戻ってきてない、と。
「抵抗した者は粉砕機で殺した」
返しはそれきりだった。私はその男に飛び掛かろうとした。その瞬間、中央の粉砕機がうなりを上げ、一人の女性がジュースと化した。死臭が漂い、誰かが嘔吐した。次は我が身と思えば、私は何もできなかった。しかし妹は――ああなったということだ。
私たちの前に、一人の男が立った。それは、私の同級生だった。
「私は染井正化。我々は、テロリスト〈粉砕者〉である。君たちの精子および卵子を採取させてもらった理由は他でもない。人工子宮を用いた計画的国民生産を行うことで、日本国に安定した出生数を与えるためである。そして、良い人間は生かし、老害をはじめとした無能を、この国から抹消するのだ。この大型粉砕機は、革命のギロチンそのものである! クズの遺伝子情報を抹消し、この国を、あるべき未来へと昇華させるのだ!」
私たちは一斉にどよめいた。
「俺たちはどうなるんだ!」
一人が叫ぶと、次いで他の人々も喚いた。だが、ひとたび重機が唸ると、怒号は悲鳴に変わり、間もなく沈黙が訪れた。染井正化は答えた。
「君たちには、冷凍睡眠(コールドスリープ)に入ってもらう。君たちによく似たオートメイドを形成し、君たちと全く同じ仕事をさせる。オートメイドの社会性の実験だ。だから、安心して眠るといい。ただし抵抗する者は、この場で抹消する」
私たちが最初に見せられた無数のカプセルは、私たちを眠らせるためのモノだったのだ。染井正化は、事は済んだのかここを離れようとした。耐え切れず、私は叫んだ。俺の妹に何をした!
「安心したまえ。折笠紫苑は、甦るよ」
そう言って、染井正化は去っていった。
この人殺しが! 私はオートメイドに抑え付けられながら、尚も叫んだ。だが抵抗も虚しく、私は他の人たちと同じくカプセルに入れられ、否応なしに冷たい眠りに陥ったのだった。
私が目覚めたとき、目蓋はすぐに開かなかった。くぐもった音が右往左往したのを、なんとか鼓膜が拾っていた。寝床が震え、誰かの金切り声がする。女性だろうか。私の身体は、思うように動かなかった。筋肉が減少したのだ。それに、冷たい。
私はようやく重たい瞼を上げて、カプセルの窓越しに周囲を確かめた。ぼやけた視界がハッキリとなり、じわじわと首を回した。それは惨状だった。
私の以外、全てのカプセルが壊されていた。廊下には手足や骨が散乱し、白い廊下に赤い液体が嫌に映えていた。
誰かが、私のカプセルを開けた。私は目を疑った。それは、美しい女性だった。彼女は、意識があやふやな私を背負って、吉祥寺の深い深い地下から地上へと運んでくれた。その背の温もりを、未だに覚えている。私は、蚊のような声で「君は誰だ」と訊いた。彼女は「分からない」と答えたのだった。
私は、また眠りについた。次に気がついたときは病院で、冷凍睡眠から目覚めてからまともに食事が出来るようになるまで、一ヶ月かかった。この一ヶ月間、私は、空腹感に悶えながら、人の命を守る警察官になることを誓った。
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