第13話 殺人鬼の足跡


 アレクは、殺人オートメイドについていくつかの目撃情報を手に入れた。


 店の人や通行人に訊いたところ、外見は小柄な女性、あるいは少年。噂が出始めたのは、この一ヶ月の間。黄色のフード付きパーカーが特徴的で、顔は不明。名前や住所は全く分からない。使用する凶器はナイフ。犯行時間は、日中が殆ど。


 アレクは、証言と昨日の出来事を照らし合わせてみた。確かに、昨日戦った殺人鬼と外見が一致している。ナイフもそうだ。ひとつ相違点を挙げれば、昨日紫苑が襲われたのは夕方ということだ。しかし気になるのは――


「……犯行は夜じゃないのか。ん?」


 ふと、風が止んだ。

 生暖かな空気に、不気味な臭いが混じっていた。


 路地裏の入り口を見て、戦慄が走った。血だまりの中で、男が項垂れている。アレクは男の元に行った。目は虚ろで、生温い頸動脈に手を当てたが脈がない。


 この男に、アレクは見覚えがあった。昨夜、菊本可奈を囲った男の一人だ。


「……」


 時が止まったような沈黙の中、アレクは携帯端末を取り出して救急車を呼んだ。

 しゃらん、と。鈴音がした。


 路地裏に風が吹き込む。アレクの足元に、血だまりを避けて歩く茶トラの猫がいた。赤い首輪に鈴。この猫がミィちゃんか。


 「こんなところに……」


 と、アレクが身を屈めて茶トラを抱えようとすると、猫は走っていった。その先に、針金のような細身の影が、光を背に伸びていた。


 ヒールの靴音。懐いた様子の猫を抱える女。アレクの脳裏に幻聴がした。

 弔いの鐘――ラ・カンパネラの旋律が。

 寄道由紀子が、天使のような白い装いでそこにいた。


「こんにちは。まだいらしたのですね、アレクさん」


――由紀子は死体に気付いているはずだ。なぜ落ち着いている……?


 アレクは早足で由紀子に歩み寄った。


「挨拶など要らん。救急車は呼んだから、ここから離れるんだ」

「あの男は、うちの大事なお客さんでした」


 由紀子は、顎で血まみれの男を指した。動揺の色はない。


「客?」

「ええ。〈赤線〉の常連でしたから。一体誰が殺したんだか」

「君はオートメイドを使った仕事をしてるのか?」


 由紀子は笑っている。


「いわゆる夜の仕事をね」

「それが〈赤線〉の仕事なのか?」

「ええ。〈赤線〉のやっていることはね、遊郭みたいなものよ」


 由紀子の言葉に、アレクは思考を巡らせた。


 遊郭とは、江戸時代の歓楽街の名称だった。女性が男性を相手に食事をし、夜を共に過ごして体を売るような店が連なる場所。かつては江戸の吉原などに、幕府公認の遊郭があった。


 それと同じ事を、〈赤線地帯株式会社〉はやっているというのだ。


「……喜びの提供ね。夜の吉祥寺はセクサロイド――もとい、オートメイドの街って訳だ」

「そう。そして私は、吉祥寺にいるオートメイドたちを管理しているの」


「あんた、オートメイドの恨みを買ってそうだな」

「あんたはやめてって、言ったでしょ」


 由紀子は、抱えたミィちゃんの頭を撫でていた。ミィちゃんは気持ちよさそうに目を細めている。由紀子の態度を見て分かった。恐らく彼女は、こういう出来事に慣れているのだ。


「由紀子」

「何かしら」


「オートメイドによる一連の殺人事件だが。〈赤線〉のオートメイドが客を殺した。違うか?」

「動機は?」


「犯人に聞くしかない」


 由紀子はアレクに一歩近寄って猫を渡した。ミィちゃんは、大人しくアレクの腕に抱かれる。よく見ると、ミィちゃんには左前脚がない。


「この子、片足が無いぞ」

「飼い主にいじめられたのかしら」


「さあな。とりあえず礼を言う。これで菊本可奈も安心だろう。この猫、昨夜から迷子になってたんだ。俺はもう行くから、救急車の対応は頼んでいいか? 殺人オートメイドは夜まで街を徘徊してるんだ」


 そう言うと、アレクはその場を発とうとした。


「ところで、紫苑さんはお元気?」

「え? ああ、今は学校だ」


「そう。……アレクさん、忠告しておくわ。菊本可奈と折笠紫苑を会わせない方がいい」

「どういうことだ」


「お互い、不幸なことになるわ」


 アレクは由紀子に振り向いた。その目に、からかいの色はない。更に問いただそうかと思ったが、もう行くと言った手前、アレクはその場を走り去ることにした。


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