幕間 或る者の視点
☆
眺める、という贅沢がある。
映画もそうかもしれない。テレビ中継、ネット配信。スポーツ、ゲーム、舞台劇。眺めるという行為の至高は、生活の観察にある。そしてこの部屋には、二十五センチ四方のモニターが一万二千個、壁一面に取り付けてある。
暗闇を照らす日差しよろしく、モニターはブルーライトを伴って部屋の主の目を刺激しつづける。部屋の主は、度の強い眼鏡でモニターの一つ一つを舐めるように見回していた。
そのうち、気になったモニターに目を留めて、顔を寄せる。
モニターに映る男の手が画面外の下に伸びると、モニターの視界は小刻みに揺れた。視界が下りて、視界の主の白い肌を映す。約二十秒に一度、瞬きのために一つ一つのモニターが不揃いに暗転する。
部屋の主は、隣のモニターに視線を移した。
この街で営みを繰り返すオートメイドの視界の一つ一つが、余すことなくこのモニターに収まっている。大抵のオートメイドは仕事をしているが、稀に違った動きをするオートメイドがいるのだった。
部屋の主はそれを探しては楽しむ。最近では一週間前に、地下にある非合法のファイトクラブに駆り出されたオートメイドが対戦相手の巨漢を伸したのが面白かった。
ファイトの後、オートメイドは不満を抱えた複数の人間に蹂躙されたが――。
負けた人間は醜い。嫉妬心でやっかみ続ける。
部屋の主もまた、周囲の嫉妬心によって自らの野心を阻まれたことがあった。ふと昔日の出来事が過り、彼は鼻息を漏らした。
不快な出来事といえば、三日前のことだ。彼が誰よりも懇意にしている女が、あろうことか他の男と婚約をしたのだ。
――私が誰よりもあの女を愛し、知り尽くし、分かりきっているのだ。
部屋の主は、左手でモニターの一つを押した。反動でモニターが箪笥のように引き出だされると、彼はモニターの裏に収納されているVRのヘッドセットを取り出した。
ヘッドセットを装着して、スイッチを押すと、VRにモニターの映像が表示される。ヘッドホンからは音声が流れ、彼はそのモニターの人物になりきる。
オートメイドと共有された彼の視界には、スーツ姿の白髪男が写っていた。こちらを睨んでいる。場所は歓楽街の路地裏だろう。
男が、こちらに迫っていた。オートメイドは、嫌がるように後じさりしている。男は「ここでしよう」と言った。男はオートメイドの腕を掴んで押し付け、顔を寄せてオートメイドの頬をねっとりと舐めた。
オートメイドに抵抗する様子はないが、金を貰わずにやられるのは面白くない。
部屋の主は、右足を振り上げた。
連動して、オートメイドが白髪男の股を蹴った。
白髪男が跪いている間に、部屋の主は白髪男をオートメイドの肩に担がせた。
「その男を地下で抹消しろ」
部屋の主がそう言うと、オートメイドは独りでに歩きだした。部屋の主はVRヘッドセットを外して、そのオートメイドのモニターを見届ける。地下への階段を降りて、長い廊下を歩く。
白髪男はじたばたとするが、オートメイドはその都度、空いた手で白髪男の首を締めた。
とあるドアを開けると、大型の機械があった。オートメイドは機械の電源を入れて上部への階段を昇った。現場では機械の轟音が鳴り響いているだろう。機械の上部には、自動車がすっぽり入るだけの大きな口が開いている。
オートメイドは白髪男を口の中に放り投げた。口の中では、鋼鉄の刃が回転している。それは、白髪男を足先から徐々に磨り潰していく。モニター越しに良く見える。
その男の泣き叫ぶ顔。数秒のうちにスーツの中で腸が散り、心臓が、肺が、喉が潰れ、ついに白眼を剥いた顔を潰し、下水道に流れていった。
その始終を見届けて、部屋の主は心の底から笑った。
やはり、人殺しを見るのは面白い。
彼は、モニターに沿って歩き、気になっているもう一つのモニターを見つめた。このモニターのオートメイドは、さっきのとは違う。
自発的に殺しを行うのだ。
それを見届けたいと、部屋の主は思った。
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