第3話 寄道由紀子

 火葬場で骨上げを済ませる間、由紀子の振る舞いは粛々としていた。


 アレクも悠の友人として彼女に倣い、葬式は恙なく終わった。由紀子が骨壺を家に持ち帰る間、アレクは昼下がりの吉祥寺を歩き回ることにした。休日だからか、人通りが多い。


 駅前ロータリーでは、アーケード街や家電量販店に向かって人々が行き交い、ティッシュ配りのバイトや路線バスを誘導する警備員が忙しなく働いている。


 日が傾く喧騒の中で、一際存在感を放つグリーンジャケットの集団がいた。アレクは、若い女性たちが集まるその集団を遠目に眺めていた。


 彼女たちはビラ配りをしながら何か語っている。

 カナリアのように澄んだ声が、メガホンから響いていた。


「……我々〈赤線あかせん地帯ちたい株式会社〉は、喜びの提供と、社会の繫栄に貢献しております。オートメイドは人口減少に伴う労働力不足を補填し、人間生活の維持と文化の発展に欠かせないものであります。ですから市民の皆様におかれましては……」


 ――自動式女中オートメイド

 それは、日本で急速に増えたアンドロイド。

 

 人間と瓜二つの見た目ながら、工場で作られる工業製品である。しかし社会性と見なされるものを持つ彼女らは、人間の生活に溶け込み、都市や限界集落の労働力として生活をしている。


 〈赤線地帯株式会社〉は、オートメイドを管理・生産し、彼女らを空き家に住まわせ、労働をさせているという。まさに人間の代替を果たす機械――というのが一般的な認識であり、アレクもその程度の話なら知っていた。


 しかし、オートメイドが広く普及されているのは日本ぐらいで、彼女らがそのオートメイドだとは、一目では分からなかった。アレクは、彼女らの綺麗な声に、妙な胡散臭さを覚えた。


 アレクが丹波の珈琲店に向かおうとして〈赤線〉の集団の前を過ると、誰かが肩を叩いた。咄嗟に振り向く。


「アレクさん?」


 それは着替えを済ませた寄道由紀子だった。彼女は、黒の長髪を下ろして白のワンピースを纏い、同じくらい澄んだ腕に、金のブレスレットを巻いている。


 偶然会えたのが面白かったのか、彼女はアレクを見て微笑んだ。睫毛に飾られた茶の瞳が、光を溜めて輝いていた。


「あんた……」

「サングラスを掛けていらっしゃるのね」

「習慣でな。琥珀色アンバーの目は変にみられるのさ。あんただって、ジッと見てたろ?」

「素敵な色でしたから。あと、『あんた』は嫌ですから、由紀子と呼んでください」

 アレクは、胸をくすぐられたような心地になった。少しためらって、

「分かったよ、由紀子」


 と了承した。アレクは、由紀子が妙に馴れ馴れしいと思った。由紀子は、傍らのオートメイドたちに一瞥してから、アレクと肩を並べて歩いた。


「マスター、嘘言ってないよね?」


 妃沙耶は、カウンター越しの店主に訊き直した。アイスの溶け切ったクリームソーダをストローで吸い、一つ結びのポニーテールを揺らして頬杖を突く。


「う、うん。ま、間違いないよ」

「この店に例の不謹慎な男が来てたんでしょ?」


「か、彼は喪服の用意が無かったんだよ。ひ、披露宴に来るつもりでな」

「ふーん……。夕方には来るって言ってたのに」


 マスターの丹波は「そんなこと知るか」と呟く。沙耶と癖毛の少女は、告別式の後、火葬場には行かず、昼飯を済ませてから丹波珈琲店に来ていた。


 癖毛の少女――紫苑は、骨上げに行きたがっていたが、沙耶が立ち会いたくなかったのだ。


――それに、紫苑だって辛い思いをする。


 沙耶はそう思い、先にこの店に来た。告別式に来た不謹慎な大男が気になったし、寄道由紀子が大男に話があるというのは、もっと気になった。


 あの男はよそ者だ。由紀子が呼び出したのか? それとも他に何かあるのか。

 敵ならば早々に追い払いたいのだが――。


 ドアベルが来客を知らせる。ガラス張りのドアから外光が入り、二人の影が出来た。大きい影は例のアレクとかいう男だった。それに並ぶ、すらりとした影――ウェディングドレスのような白のワンピースは、寄道由紀子に違いない。


「い、いらっしゃい……き、君か」

「丹波さん。喪服の件で迷惑をかけたから、お礼に来たよ」


 アレクがそう言うと店主は、


「そ、そうかい。で、告別式の帰りに美人をナンパしてきた、と」


 アレクは首を横に振った。


「悪いが、この人は悠の婚約者さ」


 由紀子は店主に会釈した。店主はにやけている。沙耶はクリームソーダを吸い、紫苑はペラリと漫画をめくった。


 アレクと由紀子は、沙耶たちの真後ろにあるテーブル席に座った。アレクが低い声で二人分のコーヒーを注文し、由紀子が途切れていたらしい会話を再開した。


「……今なら冷凍保存もできるのですが、酷い状態だったので火葬になりました」

「遺体を冷凍保存?」


「ええ。近頃、少子化対策とかで遺伝子の遺し方も変わってきたそうです。高齢者が亡くなると、空き家が出来るでしょう? それを〈赤線〉が接収してオートメイドに提供するのですが、そのオートメイドは、亡くなった高齢者を基に見た目や性格を形成するそうです」

「そりゃまた、どうして?」


「故人の生活状態を再現することで、地域の経済活動を維持させるそうです。まあ、ゴミ出しのルールを守らないとか、社会にとって迷惑なことは真似しないそうですけど……」

「それで、死後間もない体を冷凍保存して遺伝子を取り出すのか。髪の毛一本から人間を再生する、科学の進歩だな」


「ええ。市が精査した上で、〈赤線〉に空き家の居住者を申請するそうです。若い姿のオートメイドが住むとか」


 由紀子は、常識をアレクに説いているようだった。革ジャンで告別式に来るこの男には、常識がないのだろう。沙耶はそう思いながら、二人の話に耳を傾けていた。


「あと、老後や将来の資産を増やすために、ここ十年で冷凍睡眠コールド・スリープが流行っていますが、それもまた、彼らの代替にオートメイドを使っています。人間が十年眠っている間に、オートメイドが働いて、人間が目を覚ました頃には十年分の給料が手元にあるという訳です」


「そんなうまい話を信じるのかよ?」

「誰だって、現実に疲れているのでしょう。それで冷凍睡眠コールド・スリープ保険に手を出すのです」


 大男は「そうかい」と、深いため息を吐いた。


「……じゃあ、そろそろ本題を聞かせてもらおう。悠について、話があるんだろ」


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