第15話 秘密
今住んでいる地域から、さほど遠くない。
いこうと思えばいつでも立ちよれる。
だが、そこには私にしか見えない深い闇が今もなお、広がっている。
特別な理由でもなければ、足を踏みいれるつもりはなかった。
十五年ぶりに生まれそだった街を歩く。
全国のラーメン通が集うラーメン屋の姉妹店がオープンするので、いってみよう!と思いたったのだ。
彼がスマホのGPS機能を使ってナビゲートしてくれる。
「もう一本先の通りかな……」
住宅街で細い道が連なっている。
「あっ!この居酒屋がある通りね!わかった!」
彼のスマホをのぞき、ピンチアウトした私がナビゲートする。
「すぐそばだよ!」
ラーメン屋の前までくると記憶がよみがえった。
個人経営のすすけた中華料理屋は、ガラス張りのカフェのような内装に様変わりしていた。
週末で外に五人ほど並んでいたが、入れかえタイムだったらしく、すぐに入店できた。
食券機の少数精鋭のメニューから商品を選び、リプロダクトのカウンターチェアに腰かけた。
どこもかしこも、すべてがピカピカで清潔だった。
テーブルには布巾を敷いた半透明のグレイのピッチャーと、◯ャバンの白胡椒の缶のみが置いてある。
つどつど出される◯ュラレックスのグラスや、個包装のウエットティシューとおてもと。
切立深口の丼に花弁のようなレンゲ、琥珀色に澄んだスープと国産小麦100%のストレート麺。
麺をすする音さえはばかられるような、スタイリッシュな空間。
人工添加物を完全に排したそれはどこか物足りず、ふだんどれほど味覚や体がジャンクフードに慣らされているかを思いしらされた。
「こういう感じでしたか。優しかったねー(笑)」
店を出ると、私は彼に小声で感想を言った。
「うーん。なんだか食べたりないね。もう一軒寄っていかない?」
仕切りなおしとばかりに彼が提案した。
「うん!いこう!いこう!」
何を注文してもハズレなしのモツ焼きチェーン店を目指し、大通りまで歩く。
途中、その前で私の足が止まる。
間口が広く奥ゆきがあった敷地に、低層マンションが二棟並んで建っていた。
あらためて
『立派な家だったんだな……』
と思った。
私はこっそり小さく合掌した。
『父は間接的殺人犯だったのか……?私はその娘なのか……?』
その問いは生涯、私を巡るだろう。
「何?」
神妙な私に彼が小首を傾げる。
彼は私の機微に聡い。
観察は愛だ。
私は愛されているのだと思う。
「うん。昔ここでね……」
私は言いかけて言葉を呑んだ。
「昔と比べたらこの辺もずいぶん綺麗になったな、と思って……」
「ふうん……」
無理じいをせず、場をわきまえる人だ。
それ以上の詮索はない。
だが、記憶力のいい人だ。
今日の日を覚えていて、私が話しだす機会を待ってくれるだろう。
つき合いが長い彼には私の人生のほとんどを話してきた。
元彼たちの話をすると
「やめて!聞きたくない!」
と可愛らしく両耳を塞ぐので、それ以外のほとんどを。
だが、父の秘密まで話してしまっては
「薫の人生はロックだね!」
と、さすがにもう、笑ってもらえない気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます