第12話 罪の意識
ブルドッグが協議離婚したころ、母も父と協議離婚した。
親権は母が取った。
単なる消去法だった。
私を捨てたうえ、父には精神的にも経済的にも養育能力が見こめなかったからだ。
私が成人するまでの養育費の支払い能力も、母に肩代わりさせた借金の返済能力もない。
まったくもって、クズだった。
母は自分の稼ぎと、愛人手あてと、(現行法で言うところの)児童扶養手あてのみで生活を切りもりしなければならなかった。
だが、無知で貢ぎ癖があり自己投資好きな母にとって、子どもの将来を見すえた学資保険のアイデアなど夢のまた夢だった。
父とブルドッグは相変わらず続いていた。
祖母は近隣住人に
「新しいお嫁さんなの」
とブルドッグを紹介した。
その裏で、母には父とブルドッグの素行を逐一報告し、愚痴ていた。
あるとき、気まぐれな父が
「パン屋をやりたい!」
と言いだしたらしかった。
なぜ、パン屋だったのか?
特別パン好きでもあるまいし。
特別腕があるわけでもあるまいし。
パン屋は戦時中の祖母の浮気相手の職業だ。
父は何に固執していたのだろう?
それでも、父が珍しく労働意欲を見せたのだ。
祖母もブルドッグも、なんとか望みを叶えてやろうとした。
三人で仲睦まじく立ちはたらく甘い夢でも見たか?
祖母とブルドッグが資金調達に走り、東京郊外に小さなパン屋をオープンさせた。
だが、我儘で飽き性の父のこと。
それも長くは続かなかった。
夢のためにこつこつ貯金したわけでもない。
みずから融資を受けたわけでもない。
ちゃっちゃとお膳立てしてもらっても駄目なのだから、辛抱が足りないにもほどがあった。
父はずっと、狂っていたのだと思う。
多感な幼少期に心の深手を負って治癒することなく、青年期や壮年期をやり過ごし、中年で亡くなるまで、ずっと……。
父をもっとも持てあましていたのは、父自身なのだと思う。
そんな父にいよいよブルドッグが愛想をつかした。
ある日、いつものように祖母のアパートを出たブルドッグは、そのまま二度と戻らなかった。
ブルドッグは子どもたちが待つ実家へ帰った。
ブルドッグはみずからの意志で父を捨てたのだ。
あれほど惚れてつくし、ふたつの家庭を壊して死者まで出したというのに……女心は切りかえが早く、恋の終わりはあっけないものだ。
そうだ。
やすい恋の、やすい終わりだ。
ままごとのような恋が人命を奪ったのだ!
なんて皮肉で、なんて罪深い!
二人に罪の意識はあっただろうか?
『前夫を死に追いやったのは自分たちだ……』
と、たった一度でも脳裏をかすめることがあっただろうか?
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