第11話 畳屋

 ブルドッグが嫁いだ先は代々続く老舗の畳屋だった。

 父とブルドッグが関係する以前、私は同級生の女の子の家に何度か遊びにいったことがあった。

 間口の広い軒先に突きでた畳台には青々とした畳表が広げてあり、いい匂いがした。

 質実剛健で緩やかな傾斜の階段、涼やかな土間が伸びる廊下からは文化的な香りがした。

 だが、父とブルドッグの関係を知ってから、私は彼女と遊ばなくなった。

 親の不祥事とはいえ、どの面下げて遊べばいいというのだ!?

 彼女が遊びに加わるとき、私は適当な理由をつけて友だちの輪から抜けた。


 家を出たあと、ブルドッグは協議離婚し、それを父に事後報告した。

 前夫に殴られたことは話さなかったらしい。

 激情型で報復型の父の気性をかんがみれば、ブルドッグにしては珍しく賢明な判断だった。

 だが、父がそれほどブルドッグを愛し、重要視していたとは考えられなかった。

 前夫は二人を告訴することもできたが、先に手を上げてしまった手前か?おとなしく身を引いた。


 しばらくして前夫の母親が病死した。

 父親はとうに亡くなっていたので、看病を続けてきた一人息子の前夫だけが取りのこされた。

 畳屋の軒先は固く閉ざされてしまった。

 腕利きだった職人は仕事を放棄し、よなよな町内を徘徊した。

「また洟を垂らして安酒をかっ食らっていた……」

と周囲の評判になった。

 間もなく、家を訪ねてきた親戚が、梁からぶら下がっている前夫を発見した。

 代々続いた畳屋は、こうしてあっけなく廃業した。

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