第4話 代替品

 私が外界を知るまでは、よくも悪くも父はスーパーヒーローだった。

 だが、私が保育園に上がったころから、どうもそれが怪しくなった。

 保育士や園長先生に触れ、ほかの父母に触れるごと、父がつまらない人に見えてきたのだ。

 父どころか母も、ほかの大人たちとはずいぶん違って見える。

『なぜ保育園の給食は母が作る料理より数段綺麗でおいしいのだろう?』

 コミュニティが広がり、同級生の家に遊びにいくと

『なぜよそのお母さんはシュークリームが焼けるのだろう?』

『なぜよそのお父さんは歴史上の人物に詳しいのだろう?』

謎は深まるばかりだった……。


 ある台風の日、保育園に閉じこめられた私を父と母が車で迎えにきた。

 いつもなら母が徒歩で一人で迎えにくるのだが、その日は違った。

『もっと降れぇー!』

 雨風と冠水で車は立ち往生したが、私は不謹慎にも人知れず歓喜した。

 休日に父に連れられていく、ガソリンスタンドの洗車トンネルを思いだしたのだ。


 家のドア前までくると、室内で黒電話がうるさく鳴っていた。

 慌てて鍵を開け、靴を脱いだ母が受話器を取った。

「もしもし?」

「もしもし!?京子(母の名前)さんかい!?」

「ああ、お義母さん……」

「何度かけてもつながらないから心配したんだよ!功(父の名前)ちゃんは無事なのかい!?」

「ああ、ええ。今、薫の保育園の迎えから帰ったところで……」

「そばにいるんだろう!?功ちゃんに替わっておくれ!」

 難儀してずぶ濡れの靴を脱いだばかりの父に、母はシラケた顔で受話器を渡した。

「孫や嫁のことはどーでもいいのかねぇ……」

 食卓の椅子に滑りこんだ母は、誰にともなく愚痴た。

 私はそれで、会話の内容を察した。

「ああ、うん。大丈夫だよ。母さんも気をつけて」

 父は手短に会話を済ませて電話を切った。


 父は三人兄弟の長男だ。

 次男三男は学業優秀で祖母の寵愛を受けたが、結核と客死で同時期に夭逝した。

 学業不良だった父は、二人が亡くなると手のひらを返されたように祖母に溺愛された。

 それで、父の精神はずいぶん歪んでしまった。

 夫を戦争で亡くし、次男三男をも亡くした祖母は、たった一人の“生きのこり”に執着した。

 父は父で、それを恨みでも晴らすかのように利用した。

 父は前妻と結婚する折り、年老いた祖母(母)を故郷から呼びよせ、同居させて脛をかじった。

 前妻も私の母も、不安症(※当時の神経症)を長患いしていた祖母とは反りが合わず、すぐに同居は解消された。

 

 台風の中、私を迎えにきた当時“動く応接室”と呼ばれたディープグリーンの○ラウンは、父が祖母に買わせた二台目の自家用車だった。

「まったく……風呂にするか」

 父は祖母の残像をふり払うように言った。

 

 

 

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