第3話 密告
ブルドッグが、また、採用試験に落ちた。
そのあと三度目の正直で受けた別の保険会社の採用試験で、ようやく採用された。
それからというもの、ブルドッグは我が家に頻繁に出いりするようになった。
かつて、某地区某支部の支部長まで勤めあげた生保レディの先輩でもあった母は、得意げにブルドッグに助言した。
夢中で話していると日が暮れるのも早いのだろう。
父の帰宅に重なることがあった。
「あら、ごめんなさい!おいとましなくちゃね!」
ブルドッグが、ぽっと頬を染めたのを私は見のがさなかった。
その日はおとなしく帰ったブルドッグだったが、翌日からは父の帰宅を目的に長居した。
「あら、お帰りなさい!」
「まぁ、素敵なシャツ!」
居すわって父に酌をすることもあった。
「いっしょに一杯どうですか?」
誉められて気分をよくした父は、ブルドッグを誘った。
父は“女”を落とすのが上手だった。
洟も引っかけてくれない“女性”は密かに慕うに留め、意志や判断力が弱く、あるいは自信がなく、お世辞にも綺麗とは言えない“女”ばかりをターゲットにしていたからだ。
紳士面で近づき、やがて暴言と暴力で無抵抗な“女”の尊厳を奪い、狭かった視野をさらに狭めて服従させてしまうのだ。
父はそうしたまやかしで男としての自尊心を保っていた。
母を含め、父と関係した“女”で聡明な美女は一人もいなかったし、父が幸せにした“女”も一人もいなかった。
父が“女”をピックアップするとき、同族嫌悪が働いていたのは言うまでもない。
父は“女”を服従させることで、自分自身に、あるいは祖母(自分の母親)に、復讐していたのかもしれない……。
父とブルドッグが日ごと駐車場でイチャついていると密告してきたのも、以前、父に遊ばれた同じ公共住宅に住む“女”だった。
ガリガリでミイラのように干からびた“女”は既婚だったので、おとなしく父に棄てられ、うだつの上がらない旦那の元へ戻った。
母は父とミイラの関係を知って沈黙していた。
それどころか、私が寝つくのを待って、自宅の居間で三つ巴に乳くりあっていた目くそ鼻くそだ。
それでも、父はけしてミイラを自室に招かなかった。
ときどき、旦那が出張か何かで家を空けると、ミイラは夕餉のあとにやってきた。
風呂に入ってきたのだろう。
小学校の手洗い場にぶら下がっている、○モン石鹸の安っぽい匂いを漂わせていた。
ミイラは己の欲望を急かすあまり、読書する私に歩みより、就寝時間がずいぶん先にもかかわらず
「おばさんは夜ふかしする子は嫌いだな」
となじった。
『底知れないバカがいる!』
その見事なまでの単細胞に、私は子どもながらに感心してしまった。
母は父に逆らうことも、ミイラを咎めることも、私を庇うこともできなかった。
私は寝ついたふりをして、雑魚どもの甘い吐息を、大いなる憎悪と軽蔑と殺意を持って聞いた。
ブルドッグの件も同じようなものだ。
母は、また、沈黙するだろう。
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