01

 夜闇の中を進む帆船。

 海上には満天の星が浮かび、一羽のカモメが飛空している。

「あ。兄貴、聞いたっすか?」

 船内の話声に紛れて静かな足音が近づいてくる。

「何を?」

「あの勇者が旅してるそうっすよ。今」

 デッキの手すりに寄りかかって海を眺める男子二人。

 その背後に忍び寄る影。


「取ったっ」

 後ろから伸びた手に伝説の剣が奪われる。

「えっ」

 セルが振り向くとテラが伝説の剣を両手に持って笑みを浮かべていた。

 瞬時にテラは剣を持ったまま操縦室の前まで飛びのく。

「か、返して」

 操縦室の前まで歩み寄ろうとするセル。

「やだね」

 テラは操縦室の裏へと消えた。しかしその行く手をセルが阻む。

「テラ、それ返して……?」

 差し出された手にテラは僅かに後ずさり、甲板を見つめて舌打ちをした。

 後ろに持っていた剣を渋々前に出す。


 そして操縦室の上に飛び上がった。

「あっ、待ってっ!」

 セルが慌てて後を追う。人と人の合間をすり抜けて甲板を駆ける二つの残像。

「二人ともやめなさいっ!」

 ケシィの声に二人はぴたりと足を止める。

 時すでに遅し、船内は人外級な船客二人の話題でもちきりであった。





 船室の床で正座するセルとテラ。

「で……どうしてあんなことを?」

 腕を組み、氷のような目でケシィは二人を見下ろす。

「……暇だったから」

「えっ、そ、そんな理由だったの?」

 意外な供述にセルは顔を上げてテラを見た。

 深くため息をついて、ケシィは手に持った紙を広げて読み上げる。

「……弾丸の盗賊」

「その呼び方すんな!」

 声を上げてテラが立ち上がる。

「そう書いてあるんだから仕方が無いじゃない。ほら」

 紙を二人の方へ向ける。縦並びに人物名が書かれており、その上には大きく『指名手配犯』の文字。

「い、いつの間に……」

 愕然としてテラは床に座り込んだ。

「そういうことよ。……あまり人前でスピードを出すものじゃないわ、あと」

 紙を手で丸めながら、座っているセルを見た。

 セルは俯いて自分の膝に視線を落とす。


 すっとしゃがみ、ケシィはセルの頭に手を置いた。

「言い過ぎたわ。そんなに落ち込まないで」

 俯くセルの頭をフード越しに撫でる。

「いやまだ何も言って無いだろ」

 聴こえないほどの小声で発言するテラ。船室の扉が開く。

「あの……説教中申し訳ないんすけど、もうすぐ到着するらしいっす」

 遠慮がちに扉を開けて中を覗いたプルは、思わずえ、と声を漏らす。

 座っていた三人は立ち上がった。




 漆黒の海上に点々と浮かぶ街の灯り。その周りをカモメが飛び回っている。

「まもなくー港の国ー港の国ーぃ」

 船員が大声で船内アナウンスをする。客室から甲板へと人々が荷物を手に階段を上って上がってくる。

「港の国ってどんなとこなんすか?」

 船の舳先でプルは近づいてくる灯りを乗り出し気味に眺めている。

「多種族が混同して暮らしている国よ。あとは訓練所が」

「まじっすか!? え、多種族って人間以外にもいるんすか」

 目を輝かせてケシィを見る。

「……人間、エルフ、獣人。全部で三種よ」

「へえ……あ、でもよく考えたら魔物も結構種類あったっすね……」

 言いつつプルは再び街の方へと目を戻した。

「そういや、勇者が旅してるって船員が噂してたな」

 テラの言葉にセルは明らかな動揺を見せた。

 その様子に目を細め、疑いの視線を向けるテラ。

「……セル、テメェまさか」

 テラの視線にセルは一歩後ろに引いた。フードを下げる。


「…………反勇者か?」

 しかし次に飛び出した言葉にえっと声を上げ瞬きをする。

「は、ハン? 半分の……」

「そっちのハンじゃねえよ。反対のハンだ……つかお前知らないのか?」

 セルに向けられていた疑いの視線はケシィへ向く。

「まあ……中央国は信者だらけだって聞くからな。知らねえのも仕方無い」

 テラに対し何かを言おうとするケシィだったが、口を噤む。

「信者って……え、勇者って教祖だったんすか?」

「ちげぇよ。ただ盲信してる奴らが……」

 汽笛が鳴る。




「お足元にお気をつけ下さーい」

 案内の船員が手で降りていく乗客を誘導する。

 その横で、船から港に渡された板の上を四人は下りていく。

「うわ……これなんか怖いっすね」

 恐る恐る足元を見ながら板の上を歩くプル。

「落ちても回収できるから大丈夫よ」

「え、それ板の方っすか、それとも俺……」

 会話する二人の横で、セルは不安げに街を見ていた。

「……あのお兄さんの言ってた通り、平和交渉は……」

「平和交渉?」

 口に出したセルの言葉にテラが反応する。

「あ、いやっ、何でも無いよ」

 慌てて誤魔化しを試みるセルだったが、テラは何かに納得した様子。

「やっぱりな。旅の目的はそんなこったろうと思ったよ」

 板を降り、テラはにっと口角を上げて笑った。

 茫然とした様子でセルはテラを見る。

「……テラが笑ってるところ、初めて見た気がする」

「はあ? いや今までも散々笑ってただろ、昼も夜も」

「二人とも、宿を探しに行くわよ」

 ケシィの声。


「うん!」

 セルは笑顔で返事をして、歩き出していた二人の後を追う。




【 第四章 遺書 】



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